週末だから期待していたのだけれど、もうさすがにこの時刻では来ないだろうと諦めかけた時だった。
眼下で足音がして暗闇へ目を向けると、勝田の姿があった。しかし佇んだままマンションへは入って来ようとしない。そして迷っている彼に業を煮やして、結局彼が答えを出す前に声を掛けてしまった。
「お言葉に甘えて、来ちゃった。」
「もう終電出ちゃいましたよね。泊まっていって下さい。」
「愚痴をね、聞いて欲しくて。」
「聞きますよ。」
「朝早いんじゃないの?」
「土日は市場閉まってて、仕入れはありませんから。開店に間に合えばいいので、そんなに早くありませんよ。」
勝田の顔は少し疲れて見える。お酒の匂いはしないから、残業だったのかもしれない。日付もとっくに変わった頃やって来たのだ。疲れていて当然だろう。
「ご飯、食べました?」
「うん、会社でね。」
「余計なお世話かもしれないですけど、ちゃんと食べて下さいね。」
そう言うと、勝田がクスッと小さく笑った。
「ここ十年くらい、そんな事誰にも言われてないね。なんか、新鮮。」
「心配なんです。ただでさえ、少食に見えるし。」
「そう? まぁ、君みたいにもう若くないから沢山は食べないけど、ご飯はちゃんと食べるよ。」
「ホントですか?」
「信用ないね。俺が食べないと、部下が遠慮して食べられなくなっちゃうからね。だから少なくとも会社ではちゃんと食べてるよ。」
ちょっと拗ねたような顔をする姿が、何だか茶目っ気があって面白い。けれど勝田はどこまでが素で、どこからが猫被りなのかが非常にわかりずらい。彼に心安らげる時はあるんだろうか。
「話は明日にします? それとも今話します?」
「寝ようかな。香月くんの顔見たら、眠くなってきた。」
それは安心して肩の力が抜けたから、という意味だろうか。そうであったら良いのに、と密かに願う。
「添い寝して。」
「・・・いいですよ。」
簡単に言ってくれる。こっちは抱きたい衝動を堪えるのに必死だというのに。けれどこの前と違って幾分心の準備ができていたから、困り果てるほど苦ではなかった。しかも勝田は目に見えて疲れている。そんな人間を襲うほど、愚かではない。
「お湯張るから少し待ってて下さい。」
「シャワーだけでいいよ。」
「ダメです。ちゃんと身体温めて下さい。」
「過保護だなぁ。」
文句を垂れつつ満更でもなさそうな表情に一安心する。皐は一旦抜いてしまった湯船の栓を再び付けるため、バスルームへと直行した。
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朝霧とおる