物珍しそうに室内の調度品を見ている勝田を目の端に入れながら、コーヒーをカップに注いでいく。
唇に触れた柔らかい感触をまだ残したまま、勝田の行動の意味をどう解釈するべきかを悩んでいる。付き合ってくれるのかと問うても、気が向いたらねと返されるだけだったからだ。
きっと苦労する。振り回されることはわかりきっているのに、この人の心に触れてみたいと好奇心は疼く。勝田の寂しげな顔に魅せられて、どんどん深みに堕ちていこうとする自分。
「勝田さん。何か気に入ったものでも見つかりました?」
「これ、イームズの椅子だよね?」
「はい」
「サボテン乗せてるのが君らしいよね。」
いたく気に入ったらしく、勝田は椅子の前に胡座をかいて座り込んでいた。
「あっちの部屋の本棚も花の本だらけだった。本当に好きなんだね。」
勝田にしみじみと言われて、自分は恵まれているんだなと思う。好きなモノに囲まれて、好きな仕事をして暮らしている。心身を蝕まれるような事もなく、わりと淡々とここまで来てしまった。
「勝田さんは、仕事好きですか?」
「うん、仕事はね。ぼちぼち。」
食品会社の営業だとこの前居酒屋で言っていた。
「今は子守って言ってましたけど、もしかして、結構偉い人だったりします?」
「営業部長だよ。でもね、俺は組織の中の駒に過ぎないから、そんな大した話でもないよ。」
「営業部長か・・・俺、そういうのとは無縁で、なんかピンとこないけど。」
サボテンに向けられていた視線が急にこちらへと向けられる。愉快そうに微笑む顔がこの人を何倍も魅力的に見せた。
「その反応、新鮮。君くらいの歳の社員だと、俺は手も足も出ない人間に見えるらしいよ。怖がられてばっかりなんだよね。」
「それは勝田さんのキャラクターの問題じゃなくて?」
不服そうに眉根を上げた彼に、コーヒーのカップを手渡す。目を瞑って香りを確かめようとする仕草が妙に色っぽい。
「挽きたてのコーヒー、久しぶりだな。マメなんだね、香月くん。」
「プライベートな時間は、好きなモノに囲まれて過ごしたいから。」
「そういうの、いいね・・・コーヒー飲みたくなったら、来ちゃおうかな。」
「・・・どうぞ。」
何とも微妙な勝田の宣言に、心に波が立つ。大波ではなくさざ波だ。寂しげで儚い雰囲気とは裏腹に、この人はとても意志が強い。自分の意にそぐわない事は絶対にしないという確固たる意志。
一つだけ確かなのは、人恋しいのだということ。口では逃げていこうとするのに、フラフラしながら捕まえてくれることを祈ってる。けれど自分が手を伸ばしたところで、届くだろうか。
「勝田さんは、俺に会いたい、って思うことはありますか?」
「・・・時々ね。」
「じゃあ時々でも良いから、会いたくなったら来て下さい。」
「・・・。」
「俺に会いたい時はここに来て。」
少し驚きながら戸惑っているのがわかった。そんな顔をしてきたのは、ほんの一瞬だったけれど。
「これ、渡しておきます。」
キーホルダーも何も付いていないそのままの状態で勝田の手にこの部屋の鍵を握らせる。自分からは誘わない。気持ちは伝えたから、後は勝田の方に歩み寄る気があるかどうか、ただそれだけだ。
「使わないかもしれないよ。」
「良いんです、それでも。要らなくなったら、捨てて下さい。」
「・・・。」
皐は何事もなかったようにコーヒーの入ったカップへと口を付ける。本当は心臓が煩く鳴っていたけれど、無理矢理宥めるようにコーヒーを啜った。
不思議そうに鍵を眺める勝田。結局彼は胸ポケットへと鍵をしまった。
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朝霧とおる