掴めそうで掴めない人。
自ら望んだわけではなく、気が付いたら惹かれ、もう囚われたまま心が離れない。自分は彼の掌の上で踊らされているだけだ。わかっていても、勝田への気持ちに終止符が打てるわけでもなかった。
今まで好きになった人の中で、間違えなく最難関。近寄ってきたかと思えば、いつの間にか対岸にいる。
結局あの晩は一睡もできなかった。昂ぶったままの身体を持て余して、眠気など飛んでしまった。
引き寄せられた時、彼の温もりが直に伝わってきた。その時鼻を掠めた匂いを思い出すだけで、官能が呼び覚まされる思いがする。
好きな気持ちに説明は付けようがない。何故好きなのかもわからない。けれど惹かれるままに、勝田の一挙手一投足を目で追いかけ続ける自分は、憐れなくらいブレがない。
厚いヴェールを纏い、その殻から出てこようとしない人。気まぐれに外を見ては、こちらが行動を起こせば拒絶する。
あの人をそうさせている全ての根源。彼の想いを託された花たちなら知っているかもしれない。
寂しいくせに誰かが近付くことを許さない。懐に滑り込んできては、去っていく。そんなことで、勝田自身は幸せなんだろうか。
カーネーションの水あげをするべく、水の中で黙々とハサミを動かす。あかぎれから酷く痛みを覚えたけれど、上手く働かない頭を冴えさせるのには好都合だった。
鮮やかなこの青のカーネーションと、すでに切り揃えた白のカーネーションは、華道の教室用に注文を受けた花たちだ。
永遠の幸福を意味する青に、純潔の愛を表す白。今の自分には少々堪える花だな、と重い気分でその表情を眺めていく。けれど胸いっぱいにその香りを吸い込んでいくと、幾分刺々しかった気持ちが凪いでいった。
花はいい。正直だ。手を入れた分だけ、その命を輝かせて咲き誇る。人の心も注いだ分、想いの丈が伝わればいいのに。一方通行で伝わっているかも定かじゃない。辛いを通り越して虚しくなる。そして自分は何度も逃げたくなるのだ。
けれど悩みながらも、結局白のカーネーションは多めに入荷した。花束にした時、他の花と合わせやすいからなんて言い訳をしながら、頭に浮かんでいたのは勝田のことだ。
彼がまた選んでくれるかもしれない。自分の事を望まなくても、せめてこのカーネーションを手に取って欲しくて。
しかし月初めの土曜日。昼を過ぎても勝田は姿を現さない。いつも昼前後にはやってくるのに、もう時計の針は午後二時を回っている。
何か用事でもあって来られなくなってしまったのだろうか。それとも・・・もう自分に会うのが嫌になってしまったのだろうか。
別れた朝、勝田はいつも通りだった。気まずい態度を取った自分をよそに、それを感じさせないくらい飄々としていた。けれど内心は違ったんだろうか。全く見えない勝田の心は自分の想像を遥かに超えて複雑怪奇なのかもしれない。
彼がここへ来なくなってしまったらショックだなと、すでに打ちのめされた気分でいたら、入口のところに人が立った気配がした。
「いらっしゃいま・・・せ・・・」
すぐに店の奥から顔を出すと、立っていたのは勝田だった。
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朝霧とおる