大学病院は人間関係が複雑な組織だが、要は極力首を突っ込まないようにしている。しかしどんなに逃げようとしても、絡め取ろうとしてくるお節介な輩がいる。
「良い子がいるんだけどさ、紹介させてもらえないかい?」
悪気がないのはわかっている。現に彼の仕事ぶりを尊敬しているし、この事さえなければ話題性に富んだ彼の話は楽しい。
「遠慮します。お付き合いしてる人がいますので。」
毎度丁重に断るのだが、懲りずに何度も見合い話を持ってくる。
「大内くん、そう言って全然結婚しないじゃない。」
「事実婚ってやつです。」
嘘ではない。けれど初老に入っていると言っても過言ではない彼に、それを納得させるのが至難の業なのだ。
「ちゃんと籍を入れて責任持たないと。」
前なら怒りを通り越して虚しくなり、家で和泉に慰めてもらうことの繰り返しだった。けれど両親との一件があって、和泉の一件があって、今は少し違う心持ちだ。
わかってくれる人もいるし、わかってくれない人もいる。もうそれは仕方のない事だと、本当の意味で割り切れるようになったのだ。
怒って虚しくなって振り回されても、疲れるだけで何も生まない。心が擦り減っていくだけなのだ。
必要なのは上手くかわして、互いに干渉し合わない距離を保つこと。狡くたっていいのだ。自分を守る事は悪い事じゃない。無闇に傷付く必要などない。
「時代です。自由でいたいですから、私の事は気にしないで下さい。」
さらりと笑顔でかわす。若干呆れ顔をされたが、それ以上追及されることもなかった。
本当は、結婚したい。叶うなら、和泉と家族になりたい。でも今、この日本でそれは望めない。それが現実だし、偏見の目で見る人もたくさんいる。だから自ら傷付きに行ったりはしない。和泉とのささやかな幸せをひっそりと育むのだ。
誰かに誇示したいわけじゃない。人並みでいいから幸せでいたい。ただそれだけだ。
気を取り直してロッカーの扉を閉めて家路につく。帰り道に近所のスーパーマーケットへ寄り、日本酒のコーナーで立ち止まった。
年末のパーティーは29日に決まった。男四人、酒が強ければ量もそれなりだろう。一番飲めないであろう優希でさえ、ビール数杯は飲む。数日に分けて買い貯めておこうと、要は一升瓶に手を伸ばした。
今晩の夕飯に使う材料より、酒のウエイトがの方が遥かにある。和泉は両手いっぱいに酒を抱えて帰ってきた要を見て笑った。
「いいね。気合十分で。チョイスもなかなか。」
和泉が満足そうにラベルを眺めている。スーパーマーケットといっても、高級住宅街の入り口なので、品揃えは良い。値が張っても、品が良ければ需要があるからだ。
要はあまり日本酒は飲まないが、和泉が好きなので彼がよく手にする銘柄を買ってきた。日本酒に関しては彼のために買ってきたようなものなので、和泉が満足しているならそれでいい。
和希はイタリア料理のシェフをやるくらいだから、おそらくワインの方が親しみがあるだろう。
優希に至っては好き嫌いが多過ぎるので、飲みたいものをダイレクトに聞いておくしかない。今夜中に優希へ連絡を取って、好きなものをリサーチしようと意気込む。
滅多にないワクワク感に、自分が思う以上にテンションが上がっていることに気付く。不思議な高揚感に任せて、要はスマートフォンから優希の名を呼び出した。
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