忍者ブログ

とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

先生9

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

先生9

休日の午後、要が買い物に出ている間、和泉は書棚の整理に勤しんでいた。仕事のために買った本もたくさんあるが、それ以上に趣味の本も山のようにある。

一度整理した方がよかろうと、一人の午後を有意義に使おうとしていた矢先、インターホンが鳴った。要は鍵を持って出るから当然鳴らさない。自ら鍵を閉めて出て行ったので、要のはずはなかった。しかし宅配の予定も聞いていない。何だろうと応答すると、ディスプレイには見知らぬ初老の女性が立っていた。

「はい。」

「大内要の母です。」

彼女の一声を聞いた途端、和泉の身体に緊張が走った。けれど努めて冷静に応対を続ける。

「要さんは今出掛けてらっしゃいますが、それでも構わなければ。」

「あなたにもお話がありますので、構いません。」

「わかりました。どうぞ。」

凛とした声音には明らかに嫌悪が窺える。早くも修羅場になりそうな気配に和泉も腹を括る。職業柄、数々の厄介な母という名の生き物と闘ってきたが、今回に関しては私情が絡む。和泉自身は何を言われても構わないが、要に不利な状況を作りたくはない。和泉は深呼吸をして、エレベーターで上がってくるであろう要の母を出迎えに向かった。

開口一番、要の母が要求してきた事は、実にシンプルだった。

「息子と別れてください。」

和泉の人柄を見るとか、二人の今までの関係がどういったものなのか確かめるとか、彼女にとってはそれ以前の問題らしい。

「要の意思は無視ですか?」

「同性同士で付き合うなんて、あの子は血迷ってるんです。子どもが道を踏み外したら、更生するのが親の勤めです。」

実家から帰ってきた要の落ち込みようは相当なものだったが、確かにこんな頭ごなしに否定されたのでは、縁も切りたくなるだろう。

「私のことはともかく、本人の意思をちゃんと聞いてやってはいただけませんか?」

「おかしくなってるあの子に、何を聞いても無駄です。」

説き伏せるにしてもここまで頑なだと、和泉も途方に暮れる。現に自分も両親とは分かり合えなかった口だ。余計なことは言えないと思い慎重に思案していると、幸か不幸か要が帰ってきてしまった。

玄関から鍵の回る音がする。何の憂いもなく勢いよく開けられたドアは、静かに閉められた。恐らく玄関で二人のものではない靴を早々に見つけたからだろう。いつも放たれるただいまの声はなかった。

「何か用?」

リビングに入ってきた要は開口一番、明らかに不機嫌な声で彼女に話しかけた。

すると要の母は和泉を一瞥し、要の顔も見ずにスタスタと玄関へ向かっていく。

「要、うちへ帰って来なさい。実家から出すんじゃなかった。いい大人が二人して・・・馬鹿げた真似は止めなさい。恥ずかしいったらないわ。」

「俺の家はここだよ。意味がわからない。」

一触即発の雰囲気に、和泉は固唾を呑んで見守る。

「何度言わせるの? 馬鹿な事言ってないで、帰るわよ。荷物まとめなさい。」

要は腕を掴もうとしてきた母の手を乱暴に振り払い、声を荒げた。

「バカはあんただよッ!!」

物凄い剣幕に、和泉の方が驚く。要は未だかつて自分の前で、ここまで感情を爆発させたことはない。要の全身から怒りと哀しみを感じ取り、和泉は自分の事のように胸が締め付けられる。なんてことはない。かつて自分も辿った道だった。

「ただ好きなだけだよ。何であんたなんかに、その気持ちまで否定されなきゃなんないんだよ。帰れッ・・・二度と俺の前にそのツラ見せんなッ!!」

「要、落ち着け。」

要が殴り掛かっていきそうな勢いで小柄な彼女を追い立てる。頭に血が上ぼり過ぎて危ないと判断し、それまで見守っていた和泉も要を後ろから羽交い締めにして仲裁に入った。

たぶん要の母は、こんなにも怒り狂う我が子を想像していなかったのだろう。何も言葉を発さず狼狽している。

「男しか好きになれなくて、俺がどれだけ苦しんだか・・・どれだけこの人に救われてきたのか、あんたにはわかりっこない・・・」

和泉に抑えられ我に返ったのか、要は急にトーンダウンして呟くように言葉を紡ぐ。

「俺から、この人をとらないで・・・幸せな時間をとらないでよ・・・何がダメなの? 好きな人と一緒にいたい、って思う事は、そんなにダメなことなの?」

掴んでいた腕越しに、要が震えているのを感じる。そっと顔を覗き込むと、涙こそないものの今にも泣きそうな顔をして歯を食いしばっていた。

「・・・勝手に、なさい・・・」

要の頑なさに母の方が折れた。というより、あまりの剣幕に恐れを成したのだろう。得体の知れないものを見るかのような彼女の目が、和泉をも暗い気持ちにさせた。

逃げるように去っていく要の母を、和泉は呆然と見送る。要の手からビニルの手提げ袋がすり抜けて、バラバラと音を立てて床に物が散乱した。

わかってくれる人はたくさんいる。けれど、この世にはわかりあえない人も確かに存在する。自分たちは肉親というものに、縁がないのかもしれない。一番理解して欲しい人にわかってもらえない辛さは、一生心に傷を残す。和泉もまた、分かり合えなかった傷を抱え、要の一件で古傷を抉られていた。

和泉はそっと後ろから要を抱き締める。今は言葉を尽くす時ではない。側にいることを行動で示し、冷え切った心を温めてやりたかった。

「達也、さん・・・」

要の声が震えている。前に回した手には幾重にも温かい雫が落ちてくる。要は助けを求めるかのように、和泉の名を弱々しく呼びながら泣き続ける。どうしてやることもできない自分がもどかしく、悔しい。

後ろから抱き締めたまま、ソファへ座るように促す。すると縋るように向き合って、要は和泉の腕の中に収まった。けれど同時に要の身体が強張る。こんなに傷付いても尚、要は涙を止めようと切れそうなほど必死に唇を噛む。

「要、泣いていいんだ。ちゃんと泣け。」

和泉が背を宥めるように軽く叩くと、胸にしがみ付いて堰を切ったように泣き始める。一度緩めば、泣き疲れるまで止まらないだろう。

和泉は要を強く抱き締めなおして、ただ祈る。自分との時間が彼の傷が癒してくれるように。そして共に過ごす時間がささやかながらも彼の幸せであってくれるように。

声を殺して泣き続ける要が痛々しい。泣き疲れて夢の住人になるまで、和泉はずっと要を抱き締め続けた。













いつも応援ありがとうございます!!
励みになっております。

Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

B L ♂ U N I O N
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

プロフィール

HN:
朝霧とおる
性別:
非公開

P R

フリーエリア