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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

先生10

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先生10

どんなに傷付いても、朝は平等にやってくる。鏡の中に映る自分の顔は、想像していたよりむくんでいなかった。要が寝入った後、和泉が冷やしてくれたのだ。

患者と対面する以上、医者は顔も重要だ。医者が泣き腫らした顔など晒したら、患者も不安になる。仕事に支障が出ないようにと考えてくれた和泉の心遣いが有り難かった。

「要。今日、昼休みにメール寄越せ。」

「・・・うん。」

心配させている。朝、食欲がないなどと言ってしまったのもあるだろう。けれど心配してくれることが嬉しいと思ってしまう自分。よほど弱っている証拠だ。

和泉の要求に対して素直に頷き、最寄りの駅で別れを告げる。別れ際、ほんの一瞬和泉の手に触れて温もりを攫った。人前だからあからさまなことはできない。彼も自分もそれなりの立場を持つ。母からの否定が強く頭の中で響いていた。

駅のホームへ向かう階段を上りながら深呼吸をする。仕事をしにいくのだ。プライベートで何が起きていようが、患者の前にそれを持ち込んではいけない。頭を仕事モードに切り替える。ホームへと滑り込んできた電車に乗り込んで、満員電車に揺られると、ようやく勇む気持ちを取り戻し始めた。

 

 






 

呼吸音にザラつきがないと、要自身も息を吸いやすく感じる。患者と共鳴しているような不思議な感覚だ。

「吸入、よく頑張ったね。息苦しさはもうないんじゃないかな。どう?」

「うん、もう走っても苦しくない。」

「体育はどう?」

「先生、今日もね、僕、かけっこ頑張った!」

小学一年生の彼は、外で思い切り遊びたい盛りだろう。しかし小児科経由でやってきた彼は、三歳の頃から喘息に悩まされている。けれど水泳を始めて肺活量が格段に増えた。そして予防的に吸入も続けてきたことで、生活に支障のないレベルまで呼吸器が正常な状態に近付きつつある。

「吸入は朝起きた時と寝る前に続けてね。大変だけど、約束できるかな?」

「できるよ! だって一年生だもん!」

勇んで答える姿がなんとも微笑ましい。最近の彼の口癖は、一年生だもん、だ。しかしその言葉通りきちんと約束を守って薬を飲み、吸入も続けている。子どもは大人が思うより遥かに自分の状態を理解し、日々成長できる生き物なのだと、彼を見ていて思う。この小さな存在に奮い立つエネルギーを貰えた気がした。

休日に落ちるところまで落ちていた精神状態も、仕事をして徐々に穏やかな波へと変わって浮上していく。

聴診器を当てて聞こえてくる音に耳を澄ましていると、全身が研ぎ澄まされて神聖な気持ちになる。心を無にできる唯一の瞬間なのだ。凪いだ気持ちにホッとして、小さな勇者を診察室から送り出す。

一人また一人と患者が元気になっていくと、微力ながらも人の役に立てている実感が持てる。自分の存在意義を持てることは、たぶん人として自分が自分であるために必要なことだ。

仕事と和泉、そのどちらも自分が自分であるために失いたくないもの。そこに肉親が加わってくれることを望み、叶わなかった。ただそれだけ。それだけだと、思うことにした。

手書きカルテのノートを閉じて席を立つ。予定より十五分押しただけで昼に入れたので、今日はわりと落ち着いた日だ。

スマートフォンを取り出し、和泉の名を呼び出す。昼ご飯を食べに行く旨だけメールして、そのまま閉じようかという時、急に手の中でバイブレーションが響いた。ディスプレイに映し出された思ってもみない名に動揺し、手の中から落としそうになる。辛うじて掴み直し、恐々と通話ボタンを押した。

「はい。」

『要か?突然悪いな。』

「いや・・・」

緊張して取ったわりには、電話越しに聞こえてくる父の声は穏やかなものだった。

『今、話して大丈夫か?』

「あ、うん。」

やや掠れた声で返し、無意識に拳を握った。

『母さんの様子がおかしいんで話を聞いたら、おまえの話をするもんだから。ただ、いまいち要領を得なくてな。父さんとしては、ただ事実確認をしたいだけだ。今度母さん抜きで会えないか?』

何が来るかと身構えていただけに、和やかな父の声に力が自然と抜ける。そうだ、父はこういう人だった。忙しくてあまり家にはいなかったけれど、共に時間を過ごす時は、いつも要の話を聞き優しく微笑むような人だった。

「わかった。どこで会う?」

『一緒に暮らしてる人がいるんだろう? 都合がつくなら今週末にでも三人でどうだ? おまえたちさえ良ければ、紹介してくれ。』

思わぬ言葉に胸が疼く。絶望感でいっぱいだった心の中で、微かに期待が湧いてくる。

「うん、わかった。そうしたら、うちへ来る?」

『わかった。お邪魔するよ。向こうさんにも、よろしく伝えてくれよ。』

「うん。じゃあ。」

父の静かな返答を聞き、通話を切った。

母との温度差に驚くけれど、事実を知っても反応は人それぞれということなんだろう。要領を得ないなどと言ってはいたが、大方事情はわかっていそうだ。すぐにでも和泉に知らせたくて、再び彼の名をディスプレイに呼び出した。














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