父親が来ると言ってきた時、要の言葉の端々から期待が窺えた。その期待通り、目の前の人物は実に和やかな人だった。要は間違えなくこの人の子だと思わせるくらいに、顔も雰囲気も要を感じさせる。
「和泉さん、妻がご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ない。要も、嫌な思いをさせて悪かったな。」
要の父は席に着いてすぐ謝罪をしてきた。隣りに座る要がホッと息を吐き出し力を抜いたのがわかる。要が自分と同じ轍を踏まずに済むなら、その方が良いに決まっている。和泉も自分のことのように安堵した。
「二人は付き合っているんだね?」
「うん。達也さんは・・・俺の大切な人。」
要が放った言葉に胸を打たれる。自分の人生で、こんな風に紹介してもらえる日が来るとは思ってもいなかった。想像以上に胸がいっぱいになっている自分がいる。
それからしばらく、親子で近況を報告しあうだけの会話が続く。要の両親の話はほとんど聞いた事がなかったため、新鮮な話ばかりだった。
要の父も医者だというのもこの日初めて知った。精神科医だということで、自分たちと同じ性癖を持ち悩む患者とも接する機会が少なくないらしい。頭ごなしに否定してきた要の母との違いは、そういうところにもあるのかと妙に納得した。
要を見る父の目は終始温かい。肉親に理解してくれる人がいることは、要にとってこの先心強いだろう。認めてもらえることは自己肯定にも繋がる。視野の狭い子どもではないからそれが全てではなくても、親に受け入れてもらえることは大事なことだろう。そういう意味で、少し要が羨ましくなった。
「和泉さん。要が一人っ子なのはご存知ですか?」
「はい、存じてます。」
要は大切に育てられてきた。それは彼の言動の端々から感じられる。高校時代の素行の悪さを覆い隠してしまえるほどの品の良さもあった。
「妻も私も、要の事を大事に思う気持ちは同じはずですが、妻のそれは人一倍なんですよ。私は仕事が忙しいことを盾にして、育児は妻任せでした。理想の子であってくれと、彼女も必死だったんです。それが少しばかり度が過ぎてしまった。けれど、私は彼女を責めることはできません。彼女をそうさせてしまったのは、ある意味私ですから。」
和泉は要の父親の言い分は痛いほどわかる。多くのそういう家庭をこの目で見てきたからだ。そして和泉の家庭もまた、同じような環境だった。
「要は親の望む良い子でしたよ。小さい頃からあまり親を困らせるような我儘を言わない子でした。けれど、今までが出来過ぎていたんでしょうね。」
少し寂しげな目が要を見つめ、申し訳なさそうに苦笑する。
「要、言いたいことも言わせてやれないで、本当にすまなかった。」
要が身動き一つしないで、父の言葉に聞き入っている。
「母さんと二人、ちゃんとおまえの事を受け止めてやりたい。時間はかかるかもしれないが、その日が来るまで、待っていてくれるか?」
要が小さく頷く。その仕草と共に雫が一つ零れ落ちていった。
和泉は宥めるように要の肩を優しく叩く。それを皮切りに、俯いてしまった要の瞳から幾重も雫が落ちていく。要を見る父の目は本当に我が子を見守る優しい眼差しだった。
要の父は和泉に視線を寄越し、申し訳なさそうな顔をして一つ頷いた。
「和泉さん、要をよろしくお願いします。私がいたんじゃ、思う存分泣く事もできないでしょうから、おいとまします。」
俯いて声を殺す要にちらりと視線を向け、再び和泉の方へと視線を戻した。
来た時と変わらぬ落ち着いた様子で、要の父が和泉へ頭を下げる。和泉も託された思いを返すように頭を下げた。
和泉一人で要の父を玄関で見送る。最後の最後まで、要の父は頭を下げ続けていた。
リビングに戻ってみると、未だに声も上げずに泣く要が視界に飛び込んできて、堪らない気持ちになる。思う存分気の済むまで、自分の腕の中で泣かせてやりたい。
彼の腕を取り抱擁する。胸の中にすっぽりと包み込むと、堪えていた声をようやく上げて泣き始めた。この涙は、今起きたことへの涙ではない。今まで流せなかった分全ての涙だ。
きっとメンタルの弱い者なら、とっくの昔に崩壊していただろう。けれど要は我慢強く耐えに耐え、ここまで来てしまった。今まで紐解いてやれなかった自分が不甲斐ない。しかしこの瞬間、自分に縋ってくれることが何よりも嬉しかった。
自分の中にある愛しいという気持ちは、要のためだけにある。要を想い、彼の幸せを願い、心から笑い合える日々を、これから先、一つひとつ積み重ねていきたい。
時々こうやって泣き、胸の澱を取り除いていくことも必要だ。哀しくて胸を抉られるような苦しい現実も待ち受けているかもしれない。けれどそんな時は、二人で悩み、共に乗り越えていけばいい。最初から諦めてしまうことは、要のためにしたくはない。
今日という日もまた、要から一つの柵が削ぎ落とされた。きっと彼はまた前を見て歩いていくことだろう。
強いからこそ、耐えてしまう。我慢が積もっていく。だからその重い鎧から要を時々解放してやらねばならない。自分がその役目を果たせるような人間でいたい。
自分に足りないものは何だろう。置いてきてしまったものは何だろう。もう少し頑張ってみてもいいかもしれない。足掻いてみてもいいかもしれない。だって自分には、こんなにも愛しい気持ちを分かち合える人がいるのだから。
和泉は一つの決意をして、要を強く強く抱き締めた。
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