二人で遠くまでやってくるのは久しぶりだった。しかし言葉数が少ないのは気のせいではない。要は隣りを歩く和泉をちらりと盗み見た。和泉が醸し出す空気から、後悔の念をはっきりと感じ取る。けれど自分は和泉を慰めてやれる言葉を何一つ持ってはいない。中途半端な慰めなどしたくはなかった。
和泉の父は亡くなっていた。そして母もまた認知症を患い、和泉のことを記憶から消し去っていた。
和泉からは深い哀しみを感じ取ることはできない。しかし、どこか遠くに意識を向け、とても寂しげに見えた。
「要、折角の休みだったのに、付き合わせて悪かったな。」
和泉には弟が一人いる。結婚をして家庭を持っていた。和泉の母の面倒は弟夫妻が見ていた。しかし今は自宅での介護も難しいほどの状態になり、去年から施設に入っていた。和泉と要は、その施設からの帰り道だった。
和泉はつい先日弟に連絡を取るまで、全く両親のことを知らなかった。勘当した息子には一切連絡をするな、という遺言のもと、和泉には便りの一つも来ることはなかったのだ。
和泉は就職を気に、両親と絶縁していた。
外で食べる気分でもなくて、そのまま二人で家路につく。和泉はあまり浮き沈みのない人だけれど、彼だって堪えることはあるだろう。
「達也さん」
そっと隣りを歩く和泉の手に触れる。少し疲れた顔が要を見た。
「ん?」
「・・・ううん、何でもない・・・」
前から人が歩いてきたので、自然と手が離れた。和泉に抱きつきたい衝動に駆られていても、外で自分がそういう事をするわけにはいかない。普段は大して気にならないのに、今日はそんな事が気になって、無性に虚しくなった。自分が彼にしてやれる事が何もないように思えたからだ。
早く家に着いてくれと願い、沈黙が重かった。けれどようやく辿り着いた我が家に入った途端、背後にいた和泉が、要に寄り掛かり前へ腕を回してきた。特に言葉もなく抱き締めてくる和泉に、要の方が泣きたくなった。
「要、少しだけ・・・」
和泉がどんな顔をしているのかは見る事ができない。けれど肩にかかる彼の吐息は静かなものだった。衣服に阻まれて彼の心臓の音までは聞こえてこない。
「要」
いつもの穏やかな低音が、要の名を呼ぶ。答える代わりに要は前に回る和泉の手をぎゅっと握った。
「要が同じ思いをしなくて、良かったよ。」
辛いのは和泉自身であるはずなのに、彼の口から出てきた言葉は要を心配するものだった。
「達也さん・・・」
「おまえがそんな声出すな。俺は大丈夫だよ。だって、おまえがいてくれるんだろう?」
「うん・・・」
「とっくの昔に覚悟してた事だ。」
「でも・・・」
「目の前にある幸せを大事にすればいいんだ。俺はそれでいい。」
和泉の諭すような声に、これ以上無粋な事を言えるような雰囲気ではなかった。それに腕の力を緩めて向き合った和泉の顔は、先ほどの悲壮感などなく、いつもの彼だった。
要の方が和泉より心が揺れているのかもしれない。それを考えると、和泉は余程の覚悟を持って家族との縁を切ったのだと想像できた。それを思うと自分の覚悟がどれだけ生温いものだったかがわかる。
「こうやって、おまえが心配してくれることが嬉しいよ。」
渋い顔をしていた自覚はある。眉間を人差し指で解されて、苦笑いを返した。
「玄関で突っ立ってないで、上がろうか。まだ風呂入るような時間じゃないけど、今日は付き合え。」
和泉の中で要と風呂に入るのはもはや決定事項らしい。いつもと変わらない和泉のテンションにホッと、要の口元からも自然と笑みが溢れた。
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朝霧とおる
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