春は別れと出会いの季節。このレストラン《mare~マーレ~》も別れを惜しんだり、出会いを喜び合う人で賑わっている。新たな門出を迎えた人に立ち会えば、こちらも新鮮な心持ちで素材に向き合えるから不思議なものだ。
「春キャベツのペペロンチーノでございます。」
普段シェフは厨房を出ることはないが、料理長と揃ってオーナーの奥方とそのご友人に挨拶する。ラストオーダーを終えて一息つきたいところだったが、オーナーの奥方がいる手前、挨拶なしというわけにもいかない。舌が肥え、博識でもある彼らの相手をするのは緊張を強いられるが、自分をブラッシュアップするには良い機会でもある。料理長と二人、労いの言葉を掛けられて退席すると、同時に長い息を吐き出した。
ただアウトプットし、作ったものを押し付けるのはプロではない。お客様に満足してもらえて初めて仕事になる。当たり前のようで、一方通行になりがちな事だ。だから普段厨房に籠りっぱなしの自分たちにとって直接貰える言葉はこの上なく貴重で、大切にしなければならない。
「沢田、限定パスタはあれで正解だったな。」
「はい。ホッとしてます。」
「子どもでも食べやすいって好評らしい。」
「まぁ、うちの我儘王子が食べるくらいですから。」
「ああ、お兄さんだっけ? 野菜嫌いとか言ってたな。」
「いい歳して、本当好き嫌い多くて困ります。でもそのお陰でメニュー作りは遣り甲斐感じますけどね。」
「夏も期待してるぞ。」
職場で優希の事を我儘王子呼ばわりしているのは本人には内緒だ。今夜作る夕飯を優希は気に入ってくれるだろうか。そう思い巡らせるだけで、和希の口元からは自然に笑みが溢れた。
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