土産物を手に凛が王宮へと引き返すことに同意を得る。少しでも長く王都へ留まっていたいという願いからか、凛の歩みは途端に遅くなった。
身に着ける衣服は庶民も羽織る布を選び、宝飾品は最低限に控えたつもりだったが、凛の堂々とした警戒心のない気配を消すことはできない。一体、どこの誰かと興味津々に視線を投げ掛けられれば、早く立ち去らねばという紫苑の想いは強くなっていく。そして凛の足が子どもの前で止まってしまった時、紫苑の全身に緊張が走った。
「旅の御方。王都の神水はいかがでしょう。」
王都の町人が子どもを使って、地方出身の旅人から小遣い稼ぎをするための手段だ。通り過ぎようにも、凛は青いガラス瓶を差し出す子どもに目を瞬いて首を傾げる。
「二枚で足りますか、小さい御方。」
良かれと思って握らせたままにしておいた銅の硬貨を、凛が子どもに向けて差し出す。子どもにとっては大金なので、当然目を輝かせて彼は頷いた。
「行くぞ。」
紫苑は努めて冷静な声音で凛を促し、腕を取って歩き出す。紫苑の張り詰めた空気に気付いたのか、凛は残念そうに肩を竦めて従った。
子どもを威圧して引き離すことは簡単だが、ただでさえこの一行は目立っている。下手に事を荒げて凛を危険な目に合わせては本末転倒だ。
「どうぞお気を付けて。」
「ありがとう。」
差し出されたガラス瓶を、紫苑の部下が先に手を出して受け取る。神水と謳った青いガラス瓶は確かに透き通って光を遮ることがない。
受け取ったのが強面の男だったので、子どもは一瞬残念そうな顔を浮かべたものの、硬貨の方が魅力的だったのかすぐに紫苑たちの前から立ち去った。
「凛」
「いけませんでしたか?」
「……わかっているなら構わない。」
見上げてきた凛の瞳は、王都に渦巻く邪気を払うように強く純粋だ。子どもを邪険に扱った紫苑を、逆に窘めるような気配さえ感じる。
王都の水は確かに遠くの地より澄んでいる。それは上下水道が完備されているからだ。地方の旅人から見れば奇跡の水かもしれないが、決して神の与えた水ではない。この国の政策が民のために機能している証であり、紫苑や先代の王たちが築き上げてきた成果の一つだ。
凛は神の申し子。子どもが差し出してきたものが神水でないことは誰よりもわかっているはずだ。彼は見慣れぬ小さい魂に惹かれたに過ぎないだろう。
「私より小さい人がたくさんいるのですね。」
「そうだな。」
「ですから、私を子ども扱いしないでください。」
「そうくるか。」
紫苑と囲む臣下たちが足を早めても凛は抗議の声を上げることはない。残念そうに肩を落としながらも、王宮の裏道まで黙って従った。
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朝霧とおる