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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

マイ・パートナー8

多田と入れ違いでバスルームに入り、熱めの湯をバスタブに張って首元まで浸かった。食べて身体を温めると、こんなにホッとするものなのかと感慨に耽る。迷惑をかけたことに違いはないから、何かダイレクトに多田へ渡さず営業三課の人たちで食べられるものでも差し入れようと考えた。

 湯船からそっと左手を上へ上げる。

 左手の手首から腕の関節までにある無数の傷。夜一人になると迫り来る不快感に呑み込まれそうになる。ナイフをスッと肌に通せば、痛みと共に鮮やかな赤が皮膚から溢れてくる。その感覚を味わえば、叫び出してしまいそうになる不安定な心を宥めることが出来た。

 そんな事を考えていたら、ベッドのサイドテーブルに置きっ放しにしてあるナイフのことが気にかかった。

 多田は見ただろうか。でも何も言っていなかったし、案外気付いていないかもしれない。
胸騒ぎがしてバスタブから勢いよくあがり、濡れた髪をタオルで拭いながら、ベッドルームへ突き進む。そして……。

 「ッ……な、い……。」

  背後に気配がして振り向けば、多田が困ったような顔をしてドアの側に立っていた。何も言わずそのままこちらに歩いてくる多田を、柚乃宮は絶望的な気分で眺めた。

「探してるのは、そこにあったナイフ?」

「あ、いや……。」

 狼狽えた隙に左手を掴まれる。多田の目が憂いを帯びた気がした。

「柚乃宮……俺には話せない?」

 そのまま腕を引き寄せられて抱き締められた。そんな風にされると思っていなかったので驚いて身体が強張った。

「今すぐどうにかできなくたって、話すだけでも肩の荷が下りるかもしれない。」

 口を開きかけて結局すぐに閉じた。

 どこかで壊れてしまった親子関係。母親から受けた心と身体の傷。上手く言える気はしないし、言ってしまってどう思われるのか怖かった。

 甘い声で囁かれる残酷な言葉と行為。はっきり言葉にして考えた事はないけれど、あれは性的虐待だ。

 思い出すだけで頭を抱えてしゃがみ込みたくなる。身を小さくして誰からも悟られないように逃げ出して、消えてしまいたくなる。そんな風に思うくらいには胸を抉る日々だった。

「……多田さんには、関係ないです……。」

 とても多田の目を見ることなんかできなくて、辛うじてそれだけ言葉を吐き出した。

「俺はおまえに傷付いてなんて欲しくない。」

「そんなの……俺の勝手です。」

「大事な人が傷付くのを、黙って見過ごしたりできないッ!」

 大事な人だと言われて笑いたくなった。周りの大人たちは、一番助けて欲しい時に手を差し伸べてはくれなかった。誰一人、気付きもしなかったではないか。大切に扱うふりをするだけ。厄介ごとからは目を逸らして離れていく。自分で逃げ出せるようになるまで、操り人形のように無感情で生きていくしかなかった。

「なに、それ……。多田さんにとって俺なんてただの仕事仲間でしょ。」

「……違うよ。そんなんじゃない。」

「じゃあ何だっていうんですか。」

 柚乃宮の背に回された腕に力が入ったのがわかった。

「……好き、だから……。」

「……え?」

「おまえのこと、ずっと好きだったから……。そこまで言えば、わかってくれる?」

 予想外の事を言われ、スッと身体が離れたことにも気付かぬまま、合わせた目を凝視する。真剣な多田の目を見て、柚乃宮をからかっているわけではないことは明白だった。

「仕事仲間だからじゃない。好きだから心配してるんだよ。」

「好き、って……。」

「愛してるって言った方がいい?」

 そんなのは同性の自分に言う台詞じゃない。衝撃が強過ぎて思考が完全に止まった。だから口から出た言葉に特別な意味はなかった。

「……俺、男ですよ……?」

「そんな事、知ってる。」

「そんなの……わからないよ……。」

 柚乃宮の自傷行為の話をしていたのではなかったのか。話がよくわからない方向へ行き始めていることだけはわかった。

「おまえさ、ご飯も碌に食べてないだろ?」

 買ってこさせて作ってもらった手前、食べてますとは言いづらい。

「冷蔵庫の中、栄養ドリンクしか入ってなかった。」

 反論も出来なくて、答えに窮する。

「誰かの目がなかったら、その左腕も……またやるだろ?」

「……。」

「うちへおいで。」

 驚いて見上げれば、思いの外、多田の眼差しは優しかった。

「それとも、他に頼れそうな人がいる?」

「いない、けど……。」

「好きだなんて言われたから、もう俺のこと気味が悪くて、信用できない?」

「そんなことッ!」

「こんな状態で身体壊したり、仕事に支障が出るようなことがあれば、それこそ人に知れることになるかもよ。そういうリスクはわかるよな?」

 自分で考える隙を与えてくれない。畳み掛けてくる言葉は営業トークさながら、容赦がなかった。多田のペースに乗せられている。逃げ道を少しずつ、けれど確実に削ぎ落として塞いでいく。多田の常套手段だ。いつもはそのスキルが頼もしいけれど、やられる側の気持ちが今日初めてわかった。

「でも、多田さんに迷惑かけるし……。」

 反撃を試みてみるものの、もはや覇気のカケラもこもらない。

「放っておいたら、気になって仕事が手につかなくなるかも。営業部の稼ぎ頭、潰す気なの?」

 問題をすり替えるなんて狡いと思う。文句の一つも言えなくなった。

「……さっきから、言ってること無茶苦茶です……。」

「わかってて言ってるから、諦めて。来る気になった?」

 こういう言い方をする時の多田は、こちらが何を言おうと聞く気はない。人好きのする顔をしながら、結構強引なのだ。

 抗う気力がなくなった柚乃宮の顔を見て、多田は満足げに微笑んでくる。柚乃宮は観念してそっと溜息を吐いた。そして、お世話になりますとだけ返した。

 結局丸め込まれて、肝心なことは何も解決していない。けれど再び胸に抱き寄せられて、伝わってくる鼓動とその温もりに、力んでいた身体が解きほぐされた。ただの職場の先輩に対する自分のこの反応はなんなのだろう。この優しさに負けて、いつか絆されて吐き出せる日が来るんだろうか。

 胸に身体を預けているうちに刺々しい感情が抜けていき、はたと気付く。今日は多田とスーツを買いに行く約束をしていたのだ。これはきっと多田も忘れている。

 柚乃宮は多田の整った顔を見上げて、思い出した予定を告げることにした。




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