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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

マイ・パートナー7

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マイ・パートナー7

夢を見ていた。夢だとわかっていても恐怖で全身が凍りつく。

 狂気の笑みを顔に貼り付けたあの人が、柚乃宮に手を伸ばしてきた。そして柚乃宮の身体を切り刻み、暴いて犯していく。

 逃げようとしても執拗に四肢に絡みつき、声を上げたくても渇ききった喉がヒューヒューと鳴るだけだ。

 助けて欲しい。もう許して欲しい。叫ぼうとして、それを咎めるように柚乃宮の首に回った手が肉にめり込んでくる。息が絶えそうになった瞬間、目の前に浮かび上がった母の顔を見て、今度こそ本当に悲鳴を上げた。

「……のみや、柚乃宮ッ。」

 誰かが自分を呼んでいる声がする。知った声なのに恐怖で回らない頭は声の主を教えてはくれなかった。

「柚乃宮、大丈夫か?」

 重い瞼を開けて飛び込んできたのは多田の姿だった。ここはどこだろうと横になったままの身体で周囲を見渡せば、なんのことはない自分の家だった。

 せっかく課の予算は達成したのに、もう三日間は苦行になると課長に言われながら飲んでいた。そうだ、飲み会をしていたはずで……。

 そこから先の記憶がさっぱりなかった。相当飲まされた気はするが、酔っ払ったというよりは、眠かったのだ。現に二日酔いらしき症状はない。

 ここ一週間程この悪夢に悩まされて、ちゃんと睡眠が摂れていなかった。食べる気力がなくてお酒ばかり胃に流し込んでいたのだ。

 嫌な汗をかき、服がベッタリと皮膚に纏わり付いている。悪夢の執拗さに柚乃宮は全身に寒気を感じた。

 東向きの窓に取り付けたカーテンの隙間からは陽射しが差し込んでいて、もう朝なのだと思い知る。

 けれどそれよりもまず、何故多田がここにいるのだろうか。自分を送り届けてくれて……そのまま帰らなかったということか。

 記憶がないほど潰れていたということは、送り届けたのはいいものの、柚乃宮が内側から鍵を閉められるような状態ではなかったのかもしれない。仕方なく柚乃宮が目覚めるのを待っていたということだろうか。

 俯いて一人、大長考に陥っていたら、多田が柚乃宮の肩にそっと手を置いて顔を覗き込んできた。

「柚乃宮?」

「あ、そうか、ごめんなさい。ちょっと考え事してて。」

「いや……大丈夫か?」

 少し疲れた顔が心配そうに柚乃宮と目線を合わせてきた。

「すみません、俺……送ってもらったんですよね。全然記憶になくて。もしかして、暴れたりとかは……。」

 多田が目を細めて笑顔で首を横に振る。

「大人しい酔っ払いだったよ。それより気分はどう?」

 大丈夫です、と告げて外向きの笑顔を作ろうとして、上手くいかなかった。夢の生々しい恐怖に、顔の筋肉は強張っていた。

「ご飯食べる気あるなら食べよう。悪いけど勝手にキッチン借りたから。」

 そういえば先程から、鼻を擽る優しい香りが漂ってきていた。けれど、冷蔵庫の中には何も入っていなかったと思うのだが。どうしたのだろうと思っていたら、多田が察したように鍵を掲げて鳴らした。

「こっちも借りたよ。コンビニで調達してきた。」

 柚乃宮は腰掛けていたベッドから立ち上がり、リビングのテーブルに置かれた器の玉子雑炊を見てお腹を鳴らした。

 こういう失態は恐らく初めてだ。しかも先輩に送らせて、ご飯の面倒まで見てもらうなどとんだ大物だ。

「多田さん、本当にごめんなさい。」

「謝られるより、ありがとうって言って欲しいけどね。」

「そうでした。」

 ありがとうございます、と頭を下げた柚乃宮に多田は優しく笑った。

 助けてもらった時は謝るのではなく、お礼を言いなさい、と新入社員の頃に諭してくれたのは多田だった。教える時に謝られてばかりでは、教える方も教わる方もマイナスな感情ばかり先立ってしまうからだ。

「温かいうちに食べて。」

「はい。いただきます。」

 朝は元々あまり食べないし、昨日の昼は忙しくてコンビニのおにぎりを囓っただけ。まともに食べ物を入れるのが久しぶりだった。けれど柔らかくて温かい雑炊は抵抗なく胃の中へ収まった。

「多田さん、お風呂よかったら入っていきますか?」

「あぁ、借りてもいい?」

 煙草の臭いが酷いんだよね、と多田が顔を顰めてみせたので、自分の纏っている衣服に鼻をつける。自分以外の課員は全員煙草を吸うから、飲み会の後は煙草の臭いを貼り付けて帰ってくることになる。

 背丈がだいぶ違うから、服を貸せない。しかし洗って乾かしていたら多田を長らく足止めすることになる。ここは消臭スプレーで我慢してもらうしかないかもしれない。それに確か多田の家は駅から徒歩の距離と言っていたから遠くはないはずだ。

「どうして多田さんが送ってくれたんですか?」

 課員で飲んでいたのだから、多田はいなかったはずだ。

「俺も同じ居酒屋で営業三課のメンバーと飲んでたから。デザイン課の人たち、帰る方向がおまえと違うから困ってたんだ。その時、課長とばったり会って。俺が引き摺って帰ることにしたんだよ。」

「そうだったんですか……。あの、多田さん。」

 雑炊の入った器を口に付けたまま、多田は目線だけ柚乃宮に合わせてきて話を促してきた。

「もしかして……寝てない、とか?」

「いや、ソファで寝させてもらったよ。」

けれどソファでは、ちゃんと寝付けなかったのではないだろうか。申し訳なさで胸がいっぱいになったが、重ねて謝れば多田が困った顔をするのが目に見えたので、謝罪の言葉は雑炊と一緒に呑み込んだ。



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