「多田さん、松林さん。最終的に冊子にするにしても、最初から本になってる必要はないかも。分けたらどうでしょう。一つ一つカードにしちゃうんです。」
「それいいな。選んだやつだけファイルに差し込んでいけばいいわけか。」
「それならファイルはリング式のものだといいね。プランを変更したりオプションを増やしてもすぐに対応できるから。」
気心が知れた仲だと無意味な遠慮をしなくていいから案が出るのも決まるのも早い。柚乃宮も松林も普段口数が多いわけではないが、会議になると人が変わる。元々お喋りの志摩課長以外、全員そういう雰囲気だ。
方向性が固まって、まとめに入る。時間も予定していたより掛からなかった。出だしがスムーズな仕事は利点と問題点が明確になっているので、その後も仕事がしやすく、厄介事が起こる確率も少ない。
「あとは専用ファイルにするか既存のものを使うかで変わってくるけど……。」
多田と松林はしばらく考え込んでいたが、多田の方が先に口を開いた。
「松林さん、ファイルの方もカバーはうちで印刷して、リングだけ後付けしてくれるような業者って心当たりありませんか?」
「印刷からやってくれるところは知ってるけど、リングだけってなると聞いてみないとわからないな。ただコスト面で考えると、印刷から外注に出しちゃった方が安いけどね。」
コスト以外の面で一つ懸案事項があった。
「お客さんがうちの特殊加工に興味持ってて。まだ使うかわからないですけど、何処でも対応できるものじゃないから、一応そういう業者も押さえておきたくて。」
「あぁ、そういうことか。わかった、こっちでも当たってみる。」
松林にお願いをして、柚乃宮を見れば手帳へ熱心に書き込んでいる。覗いてみれば、これからの作業予定だった。
「多田さん、画像の撮影とかは向こうでやってくれるんですか?」
撮影をこちらで組まなければならなくなると、デザイナーの負荷はだいぶ違ってくる。最もな質問だ。
「画像は全部支給。もうデータ自体はあるみたいで、使える画像をある程度ピックアップしてくれるらしいから。中身は最初に説明したように、固定のものとキャンペーンとか季節ものとかで流動的なものに分かれるから。まずはマストな部分を納品して、その後イレギュラーなものを受注していくことになると思う。」
隣りで聞いていた松林がニヤリと笑った。
「多田くん、いい仕事見つけてきたね。最初がデカイし、その後もコンスタントに入ってきそうだし。食いっぱぐれなくて済むじゃん。」
お陰様でと返したら、松林は煙草が吸いたいのかポケットから箱とライターを取り出すところだった。
各々撤収の準備を始めて立ち上がる。そんな時、ドアのノックが鳴った。扉がスライドされて現れたのは志摩課長だった。
「あ、もう終わった感じ?」
「はい、大丈夫ですよ。どうかされたんですか?」
柚乃宮、と志摩課長が手招きをする。
「ロビーの受付から連絡があって、お袋さんが見えてるんだと。至急連絡を取りたかったけど、おまえに連絡が付かないから直接いらしたんだそうだ。」
至急連絡が取りたいだなんて嘘だろう。今週の頭には一度ロビーにいたのだから。連絡先は教えていないと言っていたから、連絡がつかないに決まっている。
柚乃宮の顔からは血の気が引いていた。手を打とうとしていた矢先に母親の方が先に手を打ってきたのだ。デザイン課にかかってきていたイタズラ電話はやはり母親の仕業だろう。繋がらなくなって強行突破してきてきたのかもしれない。
「身内の不幸だったりしたら不可抗力だから。抜けなきゃいけないなら、遠慮なく言えよ。」
「は、はい。」
「松ちゃんはパンフの修正入ってきてるから至急頼むよ。」
松林は溜息を吐いて、一本出しかけていた煙草を仕舞う。ツイてないと文句を言いながら志摩課長の後を追ってミーティングルームから出た。
放心している柚乃宮の肩に手を置くと、微かに身体が震えていた。
「柚乃宮、行かなくていい。」
「でも……。」
「今すぐ新垣さんに連絡して、取り敢えず俺がお母さんを追い返すから。先に地下の車に乗って待ってて。志摩課長には家の事情で上がるって言ってこい。もう定時は過ぎてるし早退扱いにもならないから大丈夫だろ?」
「だけど多田さん、何かされたら……。」
人目も多く、彼女の目的はあくまで柚乃宮だ。何か凶器を持っていたとしても、知らない人間を会っていきなり刺してくるようなことはないだろう。会えないと知って逆上するようなことがあれば、その時はその時だと思った。
「下には警備員もいるし、隙は見せないように用心するから。それに……もし、おまえ自身が実際会いに行って一緒に来いって言われたら、おまえ逆らえる?」
「ッ……。」
「俺が一緒について行ったとしても無理な気がするけど。どう?」
すみません、と掠れた声が返ってくる。柚乃宮がやっぱり行くと言い出さないうちにスーツのポケットに入れていた車の鍵を彼に渡した。
スマートフォンを取り出してディスプレイに弁護士事務所の番号を呼び出す。逸る気持ちに応えるように、相手はワンコールで出てくれた。
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