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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

マイ・パートナー10

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マイ・パートナー10

 製薬会社への報告を終え、電車で揺られること二十分。別の案件で、ある人と打ち合わせの約束があった。営業としてまだ新人だった頃、初めて仕事を与えてくれたその人は、今も定期的に仕事を流してくれる。金額は大きくはないが、いつも人生の先輩として多田を叱咤激励してくれる貴重な存在だった。

「失礼します。新垣さん、お待たせ致しました。」

「いや、待たされてはいないよ。どうぞそこ座って。緑茶でいいかな?」

 ありがとうございます、と答えて応接間の中央に向かい合って設置されている黒の革張りのソファに腰を下ろす。通常であれば、お構いなくと断りを入れるものだが、十年以上の付き合いの中で他人行儀な作法がなくなっていた。年々薄くなっていく髪の毛がその年月を物語っている。
新垣弁護士は今年六十五歳を迎えるが、まだまだやり手の弁護士だ。今ではすっかり角も取れて物腰の柔らかい老人だが、多田が出会った頃は分刻みのスケジュールを忙しなく豪快にこなしていく人だった。そう考えれば、年齢と共にめまぐるしい様が落ち着いてきたと言えるだろう。

「時代はどんどん変わるね。広告も電子版が増えた。電車内に出しているうちの広告も切り替えようと思ってね。」

「お電話で仰ってた内容で見積もりを作ってきました。確認して頂けますか?」

 本日は公私共々、新垣弁護士を支えている奥方が出払っているようで、新垣弁護士自ら緑茶を淹れた湯飲みを持ってきた。お盆に乗せず、手で直接持ってくるあたりは奥方と違う。

 見積書をテーブル中央に避難させて、湯飲みを有難く受け取る。

「印刷会社にこういう依頼が出来るのか、じじいには全くわからなかったんだがね。今まで通り多田くんにやってもらえるなら助かるよ。」

「納品をするにあたっても、担当事務所が変わるわけではないので、それに関してもこちらで引き続きやらせていただきます。」

 デジタル化の波は印刷会社にとって頭の痛い問題だ。けれど頭を抱えてばかりもいられないので、制作部では多田が入社する以前からデジタル媒体に特化した部署、デジタルメディア課が設けられていた。設立当初はシステム部の人員を割いていたが、多田が入った年から新卒を入れて規模を拡大し育成にも力を入れている。

「妻とどういう動画がいいか話し合っていたんだが、我々が口を出すと残念なホームビデオになりそうな予感がしてね。」

 皺を深くして新垣弁護士は苦笑する。

「絶対に盛り込みたい文字情報だけピックアップしていただいて、後はこちらで簡単にサンプルを作成してご覧いただくということでいかがですか?」

「その方が助かるね。」

「叩き台があった方が良し悪しの判断もしやすいかと思いますので。」

 頼りにしてるよ、という言葉に本心から笑顔で頷き返す。仕事をコンスタントに貰い、期待以上の結果を返し続ける。それが信頼関係を構築する上で大事なことの一つだ。

 営業は顧客と制作サイドに温度差が出ないように、それぞれの特色を理解して橋渡しをしていく。顧客と制作サイドは直接会う機会がほとんどない。要望を忠実に再現するために、的確に伝えるための言葉と知識を持たなければならない。また双方が気持ち良く目的を達成できるような土壌を作る必要がある。ケースバイケースで新規開拓するたびに手探りだが、上手くいった時の達成感は堪らなく好きだった。

 デジタルメディア課と自ら仕入れてきた情報を元に、十五秒の中に収められる平均的な情報量を新垣弁護士に説明する。その上で多田は最低限盛り込みたい情報をピックアップしてもらい、関連資料を持ち帰った。

 午後二時。地下鉄から上がってみれば、小雨が降っていた。春は風も強いし、天気も不安定だ。平日は洗濯物を外に干さないで浴室乾燥機を使う。多田と柚乃宮、二人分の洗濯物が濡れる心配はなかった。

 駆け足でビルの中へ入って、ふと右手のロビーに目をやると、場に不釣り合いな格好をした女性がガラス窓に寄りかかるように立っていた。細く華奢な身体に長い髪を下ろし、赤のロングスカートを身に付けている。

 彼女の目線は社員証を通して入退出するゲートにずっと向けられている。ここへ勤めている人の家族だろうか。年齢は多田より少し上に見えるが、目は二重で左右のバランスが良く、唇はふっくらしている。若い頃は美人だったと思わせる顔立ちだった。化粧が薄いのもあるかもしれないが、若干顔色が悪く不健康に見えなくもない。

 通常、ロビーはビルに在籍する会社を訪ねてくる客人が主な割合を占める。今日も例外ではなく、スーツを着込んだサラリーマンでごった返していて、ロビーに設置されている椅子は彼らによってほぼ占拠されていた。

 そんなところに一人ポツンと佇む女性は明らかに浮いていた。けれどそれだけではない違和感がこの女性からは漂っていた。けれどその違和感がなんなのか、多田にはわからなかった。

 多田は雨に手荷物が濡れていないことを確認して、ゲートを抜けた。エレベーターホールに向かいがてら、気になってもう一度ロビーに目をやると、ゲートを見据える女性の目は微動だにしない。少し薄気味悪さを覚えたがそれも一瞬のことで、午後の後半のスケジュールを立てているうちに、そんな事はすっかり忘れた。




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こんにちは。
連日猛暑が続いておりますが、お身体に気を付けてお過ごし下さい。

「マイ・パートナー」は全29話+番外編となります。
1話ごと長さがバラバラでよみずらくて申し訳ありません!!
もうしばらくお付き合いいただけたら幸いです。

今、別の作品を書いております。
そちらはなるべく1話1話が同じような長さになるよう、
が、頑張ります!

それでは、また。

管理人 朝霧とおる



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