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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』8

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』8

宮小路に失礼がなかったか、そればかりが気になって、再び設営へ集中するまで永井は大層時間を要した。周囲が続々と準備を終えていく中、永井は開館時間をめいいっぱい使って、どうにか形にしたという具合だ。

「今さら心配したってしょうがないけど……」

可能な限りの準備をして、現状の力量ではこれがベストだ。しかしそれで商談が捗るかというと、まったく別次元の話なので、自己満足でないことを祈るしかない。

宮小路が商品に興味を持ってくれたらしいことは幸運なはずだが、『アクアリウム』での一件がよぎり、口実にされた可能性を捨てきれず、手放しには喜べない。思ったことが顔に出ない性分なのは幸いだが、複雑な胸中だった。

「食欲ないな……。」

自分から食の楽しみが奪われると、何も残らない。そう言っても過言ではないくらい、永井は気晴らしのネタに乏しい。せっかく東京の中心地にいるのだから流行りの物を目に留めて肥やしにするくらいの気持ちがあってもいいものだが、興味が向かないものは仕方がない。

明日、井伊夫妻は別案件にかかりきりなので、実質展示会の商談は永井一人でこなさなければいけない。もともと初対面の人と交渉するのは苦手だ。苦手を言い訳にしていたら仕事にならないのは重々承知しているが、小心者には荷が重い。胃がキリキリと痛み出し、己の脆弱なメンタルが情けなくなる。

「ッ!」

電車を降りてマナーモードを解除した途端、手の中で携帯電話が着信を告げて鳴り出す。宮小路からの連絡を待っていたからこその行動だったが、突然のことに驚いて心臓がドクドクと轟音を立てる。危うく落としそうになった携帯電話を握り直してディスプレイを見ると、宮小路の名が映し出されている。名刺に記載されていた番号からだったので深呼吸をして名乗った。

「はい、永井です。」

『宮小路です。今、お時間よろしいですか?』

「はい。」

柔和な声にすら永井の心臓は急いていき、鞄の持ち手につい爪を立ててしまう。

『明日のお約束を。展示会場ですと人が多くて落ち着きませんから、軽くお食事でもしながらいかがでしょう。表参道で永井さんにお見せしたいものもあるんです。』

宮小路グループの御曹司が使う店に軽いものなどあるのかと突っ込みたくなったが、胸の内に留めて承諾する。提案に快く流されるのも処世術だ。

『撤収後、スペースまでお迎えにあがりますので、そのままお待ちいただいてもよろしいですか?』

「片付けに時間はかからないので、こちらからスペースに伺います。サンプルもお持ちいたします。」

『助かります。では、そうしましょう。』

昼間より宮小路の声音は幾分穏やかさが増したように感じられる。目の前に存在感のある長身が見えない分、威圧感から解き放たれて、息をつく余裕があったからかもしれない。

宮小路に脅す意図は全くないだろうが、自分にない多くのものを制しているような男と対峙するのは、なかなか難儀なことだ。視界にその姿を入れるだけで、息を止めてしまいそうになる。

『もう少し早くご連絡できたらと思っていたんですが、夜分に申し訳ありません。』

「とんでもない。こちらこそお話の機会をいただけて光栄です。」

『永井さん。明日に備えて、ゆっくりお休みください。今夜はこれで。』

「はい。」

別れの挨拶まで優美なものだと感心しつつ、失礼しますと素っ気ない言葉を返してしまう。自分の不器用さが悩ましかったが、彼が気を悪くした様子はない。

電話越しに宮小路が小さく笑った気がした。おやすみなさいと穏やかな声が永井の耳をくすぐるので、胸に何かが灯る気配を感じる。永井はその正体もよくわからぬまま、おやすみなさいを宮小路へ告げた。








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