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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』32

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』32

英語もフランス語も全くできない事実にマリィの姿を見て気付くなんて間抜け過ぎる。だからマリィの第一声が非常に流暢な日本語で安堵したのは言うまでもない。

弾む会話の中で、頭に描く構想を具体的な形として落とし込んでいく。自分がモノづくりに携わりたいという原点に立ち返ることができた気がして、マリィと会って話していることがすでに収穫だった。歯車が噛み合って物事が動き出す感触を実感すると、自然と昂揚感に包まれのめり込んでいく。宮小路が戻ってきたのは、すっかりティータイムを過ぎた頃だったが、夢中になっていたので時間の経過に気付かず驚いたくらいだ。

「マリィ、あんまり私の可愛い恋人を夢中にさせないでください。仕事ばかりに没頭するので困ります。」

「素敵な恋人だとあなたが自慢したがる理由がよくわかったわ。」

二人の会話にギョッとして目を見開くと、マリィが秘密は守ると小声で誓ってくる。

一方の宮小路はちっとも悪気がないという具合で笑っており、一人目くじらを立てるのも趣がないだろうと口を噤む。しかし微かに尖らせた唇を、宮小路が親指と人差し指で啄むので、納得していない胸中はバレてしまっただろう。

「ね、可愛いでしょう?」

「宮小路さんッ」

マリィの振る舞いを見れば、永井と宮小路の関係に偏見がないことは明らかだ。そして宮小路も打ち明けていい相手かどうかは、よく見定めているようだった。

揶揄うでもなく、当たり前のように受け入れてもらえることが、永井には新鮮なことで、臆病な性格を少しばかり溶かしていく。

もう一つ永井を驚かせたことがある。それは宮小路が理解ある人へ永井のことをはっきり恋人として明言する意思があるらしいことだ。

時間に限りある、秘めるべき関係だとばかり思っていたから、宮小路が呆気なくマリィに自慢するのが信じられず、急に湧き上がった感情の正体が自分でもよくわからない。嬉しい気持ちがタイムラグを経て押し寄せ、温かい空気が胸を包む。

「マリィ。そろそろ私の可愛い恋人を解放していただけますか。」

「盛り上がってたのに、残念。ロビーのコーディネイトに良いアイディアを貰ったのよ。でもあなたの許可がないのに、勝手に引き受けるわけにはいかないって振られちゃったわ。」

仕事をくれた宮小路を無視して、勝手に仕事を貰うわけにはいかない。やはりお伺いは必要だろうと、話の進め方に難儀していたところだ。

「彼のセンスを活かしたいわ。このアイディアを世に出さないなんてもったいない。」

「マリィの言う通りです。永井さん、私やうちの事務所に遠慮せず、思う存分腕を揮ってください。」

他と勝手が違い、宮小路もマリィも仕事に対して柔軟かつ自由気儘だ。

寛容さに驚くばかりだが、貰える仕事は有難く貰う性分なので、永井は素直に頷いた。


* * *


向かう先は同じだというのに別行動だなんて変な気分だ。しかし嬉々として永井に鍵を使わせたがる宮小路の押しに負けてしまった。もとより、永井に拒む意思はない。

宮小路は渋滞の激しい都内を車で進み、永井は電車と徒歩で宮小路の自宅へ向かう。電子錠をかざした瞬間、言いようのない激しさが胸を襲って、永井の鼓動を速くした。

エレベーターを降り、暫しドアの前で呆然としてしまったのは、ドアを開けた向こう側にある甘い世界の心地良さを知っているからだ。あっという間に宮小路の手に落ちていく自分がいる。

恋愛の経験など皆無で、宮小路とのことは急に天から降ってきたようなものなのだ。突然のことに戸惑う間もなく溺れ、今のところ宮小路の手練手管に翻弄されっぱなしだった。

「お邪魔、します……」

永井の呼びかけに返事はない。玄関に靴もないし、広々とした室内は異様に心寂しい。

宮小路は生まれながらに広い家で育ったのだろうが、長い間母と二人狭い部屋で暮らしてきた自分には、この広さは耐え難い。多くを手にできることも、身の丈以上の空間に身を置くことも、心細く恐怖ですらある。

「早く、来てくれるといいんだけど……」

暫く玄関から動けず立ち竦んでいたが、ノロノロと廊下を進む。照明設備は最新式で、人の姿を感知して自動で点灯する。便利だろうが、永井の心臓を不必要に跳ねさせるだけだ。

律儀に手洗いとうがいだけ済ませて、ソファへ沈み込む。肌にしっくりくる黒革は上等で触れるのも畏れ多いのだが、宮小路の部屋の中で唯一慣れのある場所だ。

ベッドにいる時間が一番長いはずだが、不用意にそこで待ち受けて露骨なアピールだと思われるようなことがあれば、顔面から火でも噴いてしまいそうだ。宮小路の腕の中が最もときめく場所だなんて口が裂けても言えない。永井の羞恥心はすぐに振り切れてしまうだろう。

ガチャリと静かな開錠音を聞いても動けなかったのは、宮小路の登場に突然胸が焦り出し、身の置き場がわからなくなったからだ。もたついている間に宮小路がリビングへ顔を出す。

「永井さん、そんな隅っこにいないで、思う存分寛いでくださって構わないのですよ。」

「あ……」

宮小路が流れるような動作で永井のそばに身体を滑り込ませてくる。

「さぁ、今日もしっかり汗を流しましょう。」

雑にネクタイを緩める手が男らしく色っぽい。見惚れて眺めていると宮小路にただいまのキスを奪われた。









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