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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』26

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』26

宮小路の部屋から出たのは始発が動き出した早朝だった。いい加減着替えに帰ろうと二日ぶりに帰った我が家は陳腐だが落ち着く。異世界から帰還した身体はどうにも熱っぽく浮遊感を拭えなかったが、意外にも軽やかな気分なのだ。自分の常識が通用しない事態に開き直っているのかもしれない。

父の亡霊にしがみ付いて長く離れなかった罪悪感。決して血の繋がりが解けることのない肉親へ向けた情は、永井の心を深く痛み付けていた。

しかし宮小路は赤の他人だ。仕事や恋が終わりを告げれば縁は自然と解けていく。その違いは永井にとって小さくない安心感を与えてくれる。悪夢を断ち切ってくれたひと時に感謝すらしていた。宮小路は今まで永井が知ることのなかった甘い蜜時をこの身体に教えたのだ。

端的に言えば嬉しかった。愛され求められることが、あんなに幸せなことだと知らなかったから。彼の手がまだ肌に這っているようで落ち着かなかったが、ちっとも嫌な気持ちはしない。いずれ終わってしまう関係であっても、この愉悦を刻まれた記憶だけで生きる糧となりそうだ。天が永井を憐れんで、人生に一度きりの僥倖を贈ってくれたのかもしれない。

「片付けようかな。」

前向きな自分でいられる内に、鞄の中からガラスの天使を入れた小箱を取り出してテーブルへ置く。立ち上がって本棚に仕舞い込んでいた古いアルバムを取り出し、開きたい衝動を堪え、紙袋に二つを収めた。テープでぐるぐる巻きにし、容易には外れないよう留め終えて息をつく。

脆く不確かなものに縋り、傷付く日々が当然だと受け止めていた。しかし宮小路の甘美な囁きと手が、心を蝕むものから助け出してくれたのだ。宮小路が示す彼の腕の中が正しい拠り所かはわからないけれど、少なくとも彼に情を向けても罪悪感に苛まれることはない。

紙袋に封じた思い出の品は実家へ送り、あるべき場所へ返そうと思い立ったのだ。宮小路が自分を必要としてくれる間だけ、与えられる甘さに身を委ねてみるのは悪くない気がした。

いつもより早く家を出たのは、決心が鈍らないうちに二つの荷物を手放したかったから。最寄りのコンビニで配送手続きをし、控えの紙は事務所のシュレッダーにかける。意外にあっけなく手から離れた思い出たちを見て、永井は安堵の息をつく。

もういっそ宮小路との関係を愉しんでしまおうと腹を括ったのは、昼休みに『アクアリウム』へ向かう道すがらだった。


* * *


甘いマスク、目立つ長身とすらりと伸びた手足。客に会う予定がない日なのか、スーツではなく、半袖の白いシャツに紺のチノパンを合わせたシンプルな出で立ちだった。簡素なアイテムを唯一無二のパーツにしてしまうプロポーションを眩しく眺めながら、男が目の前に座るのを待つ。

「永井さん。いなかったら、井伊工房まで押し掛けるところでした。」

「ッ……」

不穏な言葉を笑顔で吐きながら、宮小路が着席する。智子が運んできたレモン水に口を付けた彼の額は少し汗ばんでいた。外の厚さを考えれば当然だろう。

「いつ見ても涼しげですね。あなたも、ここの金魚たちも。」

雄々しい宮小路にこそ憧れるが、風鈴のようだと言われて永井は首を傾げる。

「鳴き声も素敵ですよ。」

「み、宮小路さんッ!」

暗に夜の営みのことを指摘されたのだと気付いて、狼狽える。それこそ宮小路の思う壺なのだが、今朝同じベッドで目が覚めた男を前にして、冷静ではいられない。

「永井さんとデートをするならどこがいいかと迷っているんです。考えるだけで楽しくて仕方ない。」

「どこでも……構いません……」

誰かとデートなんてしたことがない。そもそも宮小路は自分なんかと歩いているところを誰かに目撃されたら、不都合なのではないか。彼は自分と違って社会的にそれなりの立場を持つ人だ。

「あの、宮小路さん。」

「何でしょう。」

「ご案内したいところがありまして。」

興味津々といった具合に宮小路の目が輝く。デートプランの提案ではなかったが、永井の言葉に気を悪くした様子ではなかったのでホッとする。

「紡績工場で一連の工程を見学いただけたらと思いまして。オーナーやエンドユーザーにご安心いただくために、是非。」

「それは素敵なお誘いですね。永井さんもご同行いただけるのでしょう?」

「はい。工場の担当者にも案内をお願いしますが、私の方からもご説明させていただきます。」

「楽しみにしています。日程は社に戻ってから改めてお電話で。」

「はい。ありがとうございます。」

安堵の息をつくと宮小路が目を細めて笑う。

「あの……何か?」

「緊張してばかりの永井さんも可愛らしいですが、早く笑顔が見られないかと思いまして。」

「ッ……」

「焦らされると、燃えますね。」

よくもこれだけ甘い言葉のレパートリーがあるものだと、感心を通り越して半ば呆れる。昼間から宮小路の言葉を浴びていては、妙な気分に陥ること間違えなしだ。

「私は三種のチーズパスタにします。宮小路さんは?」

「日替わりパスタのペスカトーレで。」

メニューを慌てて開いたのは、これ以上甘い空気に毒されていると、職場に戻っても夢から抜け出せそうになかったからだ。しかし宮小路の口は衰えを知らない。

「永井さん。話を逸らすのが下手で可愛いですね。」

逐一言ってくれるなと、赤面して俯く。そんな永井の代わりに宮小路は上機嫌そうに智子へオーダーを出した。










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