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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』16

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』16

一旦自宅マンションへ着替えに戻り、朗らかな気分で出勤するとデスクの上に見慣れない小箱が置かれている。常に整理整頓を徹底し、真っさらな状態で帰宅するので、宮小路の物であるはずがなかった。

「鎌田、これは何だ?」

「車の後部座席に落ちてた。お客さんの落し物なんだろうが、誰の物か見当付かなくてな。」

「見つけたのは昨日か?」

「おまえたちを降ろした後、掃除してたら見つけたんだよ。」

「そうか。」

鎌田はマメな性格だが、宮小路個人の車を毎日メンテナンスできるほど暇ではない。永井が落としていった可能性は高いが、一ヶ月ほど遡ると数名客を乗せている。中身がわかれば持ち主を特定しやすいかもしれないと、古い小箱に指を掛ける。張りをなくしている小箱の厚紙はふにゃりと歪んだ。色褪せた新聞紙を摘み上げて、そっと剥いでいくと、中から現れたのは小さなガラス細工の天使だった。

「ほぉ……」

鎌田も中身が気になっていたらしく、宮小路の手元を覗き込んでくる。

「おもちゃか?」

「天使の置物だな。ちょっと変わってる。」

「そうか?」

「天使は小さい男の子が多いだろう?」

「ああ。言われてみれば。」

「女性の天使か……」

確かヨーロッパの方でクリスマスに愛でる特別な天使がいたはず。どこかの都市では若い女性の中からその天使を選ぶコンテストをやっていて、ヨーロッパでは知名度のある催し物だったと記憶している。

「どこかで見たな。」

すぐ横で鎌田に首を傾げられながら記憶を辿る。濃淡のある白いドレープの波の中、天使が舞い降りたような光景をどこかで見たはずだ。携帯電話を取り出して画像を遡ると、すぐにその正体に気付く。

「これを口実にするのは、意地が悪いかな。」

「自分でそう思うくらいだから、よほど性根が曲がってると思った方がいいぞ。何考えてるのか知らんが。」

やはり永井の持ち物で間違えない。彼の展示スペースを収めた写真の中に、小さな天使は神々しく鎮座していた。内心拍手喝采だっが、鎌田の白々しい視線を受け止めて自重する。

写真とは便利な道具だが、収めた安心感から宮小路を忘れっぽくする。今度から大事なものほど記録しない方がいいかもしれないなどと、時代に逆行するようなことすら考えてしまう自分が笑えた。

「こんなに清々しい朝だと仕事が捗るな。」

悠々と背伸びをして席に着くと、優秀な経理担当者の目が光る。

「社長、外は三十度を超えておりますよ。どうされたんですか?」

宮小路が返答する前に鎌田がすかさず彼女の言葉に乗る。

「恋の病で頭がイカれてんだ。」

「なるほど。社長もお年頃なんですね。」

待てど暮らせど、なかなか春がやってこなかったが、待機時間が長かった分、恋の季節は駆け足で刺激的な夏に突入したようだ。二人の戯言を綺麗さっぱり流せる余裕は、充実している証だろう。心を抉る二人の言葉に散々泣かされてきたから、たまには見返すくらい潤いある私生活を送ったって、バチは当たらないはず。

「鎌田、これは俺が預かる。」

「変な事に使うなよ。揉めても助けないからな。」

「ちゃんと返すさ。でも彼から聞かれても知らないフリをしていてくれ。」

勝手にしろとばかりに鎌田が天を仰ぎ、すぐにパソコンのモニターを注視する。もう宮小路のことを構う気はなくなったようだ。

きびきび働き出したスタッフを目の前にすると、社長の自分が呑気に恋を謳っているわけにはいかない。鎌田のデスク脇に置かれた決裁しなければならない書類の束を掴んでデスクへ戻る。

「約束通り、本気で彼と二時間も打ち合わせするなら、昼までに全部決裁しろよ。」

「あんまりじゃないか?」

「月末だぞ?」

どう考えても昼までに終えられる量ではない。つまり永井にうつつを抜かしている時間はないと、暗に釘を刺されたわけだ。

「……わかった。」

やるべき事をやってこその自由だ。親の七光りでないことを証明するには、己の力で結果を出し続けなければいけない。それでこそ鎌田やスタッフたちは自分を信頼してついてきてくれる。

「前途多難だ……」

「愚痴を言う暇があるなら、さっさと読め。下が動けない。」

「わかってる。ちゃんとやるから睨まないでくれ。」

さすがにこの辺りで言葉遊びを切り上げないと、鎌田の雷が落ちる。しかし鎌田とギリギリの攻防戦を繰り広げるのは、どうにも楽しくてやめられない。

口角を上げて笑いながら、目で企画書の文字を拾っていく。やましい目標でも、ある方が断然仕事は捗る。現金な性格だと自分で自分を笑っていると、鎌田が奇妙なものを見るように宮小路を一瞥する。うっかり声に出ていたらしい。

宮小路は咳払いをし、緩んだ頬を引き締める。再び文字列を頭に叩き込み始めると、いつの間にか決裁に没頭していった。









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