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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』13

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』13

ぷかぷかと浮遊する身体は重力から解放されて強張った筋を解いていく。球体の水槽で気儘に泳ぐ金魚にでもなった気分だ。

幾度も肌を撫でていく大きな温もりが、あまりに丁寧に自分を包むので、安心して身を任せられる。優しいものだけ与えられて、永井は久々に何者からも追われず穏やかな夢を見ていた。

しかし肌に伝ってくる感覚は、妙に現実味がある。意図せず身体が跳ねて、今まで経験したことのない悩ましい愉悦に、永井の肌は喜んでいる。目を開いてその正体を確かめようと思うのに、瞼は重く、身体も意思に反して跳ねるだけなのだ。

今日は何をしていたのか、思い出そうと苦心しても、温かい波に肌が宥められると、それ以上思考を深くできない。初めての感覚に戸惑いながらも、時折耳をくすぐる低音に包まれていると身体が弛緩してどうでも良くなってしまう。

軽やかに浮遊していた身体が突然重みを思い出したかのように、下へ下へと永井の身体を引っ張る。しかし何かに支えられて、身体が地に叩きつけられることはなかった。

「……い、さん……くり……ん、で……」

どうにか目を開こうと試みるものの、優しく諭すような声に負けてしまう。そして緩やかに身体が何かに沈み込んでいき、柔らかいもので包まれる。鉛のように重い己の身体からは、覚えのない爽やかな香りがして、余計に永井の身体から抗う力を奪っていく。その記憶を最後に、永井は深い深い眠りに誘われて意識を手放した。



* * *



「……い、さん……がい、さん……永井さん。」

「ん……」

朝が来たのだと思うと同時に、誰もいないはずの自室から自分以外の声がすることを不審に思う。ざわざわと落ち着かない気持ちが永井を一息で覚醒させ、瞼を開けた途端、自分の顔を覗き込む宮小路と目が合って声を失う。

そして昨夜の出来事が走馬灯のように駆け巡り、途中から記憶のない事実に酷く狼狽した。

「あ……」

「いい夢を見られましたか?」

宮小路の眼差しから逃げるように起き上がり、後ずさる。しかしすぐに枕の妨害を受けて、見覚えのない格好をしている自分にも大層困惑した。

「永井さん?」

風呂に入った覚えはない。けれど纏っているバスローブと汗臭くない身体が、風呂に入ったことを告げている。無意識のうちに習慣から浴びたのだと信じたかったが、肌が妙にすべすべとしているので違和感をおぼえる。ボディクリームで肌のキメを整え、知らない香りに身を包む自分が、一体何をしでかしたのか想像するのは恐ろしかった。

顔を上げられずにいると、こちらの動揺を悟ってか、宮小路が宥めるように顔を覗き込んで微笑んでくる。そしてトドメを刺すような台詞に、永井は青褪めずにはいられなかった。

「永井さん。私はあなたに誠実でいると誓います。」

「ッ……」

「素敵な夜でしたね。永井さんの美しさに心底溺れました。」

まさにこの男が事後に言いそうな台詞に慄く。宮小路のことが恐ろしいのではない。自分のことが信じられなくなって、消えたくなった。

酒に呑まれて、はしたなく強請るような真似をしたのだろうか。選り取り見取りに思える宮小路に永井を誑かす利などない。意識の奥深くに仕舞い込んでいた欲求が芽を出して、暴走したのだ。その欲求におぼえがある所為で、永井は自分の非を呆気なく信じてしまう。

遠い昔、好きな人がいた。けれど相手は同性。長い年月、恋心ごと封印したはずなのに、抑圧に耐えかねて溢れてしまったに違いないのだ。記憶の中の彼と宮小路は似ても似つかないが、酔っていたからどんな幻想を抱いても不思議ではない。

「永井さん、昨夜のこと、後悔しているんですか?」

胸を締め付けてくる悲しげな声音で尋ねられると、言葉が出てこない。記憶がないなんて、酷い言い逃れだ。返答に窮していると、大きな胸に抱擁される。

取引先の社長と寝るなんて、最悪だ。消えることができるなら、今すぐにでも消えてしまいたい。しかし自分に幻滅している永井の横で、宮小路はなおも甘い言葉を囁く。風変わりな性格に多少なりとも救われているのは確かだ。宮小路は永井の誤ちを受け入れるどころか歓迎しているらしく、訂正する暇を与えてくれない。

「あなたが身を任せてくれるので、私は大いに浮かれましたよ。お酒の勢いで始まったのがお気に召さないとおっしゃるなら、今度改めて口説きます。ですから……」

「……。」

「昨夜のことをなかったことにしないでください。」

永井と関係を持つことが宮小路にとってどんな利になるのか、自分には全く見当もつかない。それともこれは周到な罠で、後でとんでもないしっぺ返しが待っているのだろうか。そう思う方が幾分納得できるくらいだ。

「さて、ずっとここであなたと過ごしていたいのもやまやまですが、我々には生憎仕事が控えているでしょう?」

「ッ……」

逃げ帰って、二度と会わずに済むなら、と都合の良いことを考えたが、午後に再び会う約束をしている。気が滅入るというレベルの話ではない。

「永井さん、具合が悪いのですか?」

途方に暮れて渋い顔をしていたので、宮小路が永井を抱擁したまま心配そうに顔を覗き込んでくる。

「いえ、そんな事は……」

「無理はなさらないでくださいね。」

何の躊躇いもなく、そうする事が当然とばかりに、宮小路は永井の唇に口付ける。拒む気になれない自分にも戸惑って、縋るように宮小路のシャツを掴んで受け止める。柔らかい罪の感触に、胸の中に苦い気持ちが隅々まで広がっていった。









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