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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん『アクアリウム』10

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宮小路社長と永井さん『アクアリウム』10

心配性に拍車がかかって閑古鳥が鳴く覚悟さえしていたが、スペースが会場の入り口近くという好立地に助けられ、意外に足を止めてくれるバイヤーも多かった。一度人が集まりだすと、途切れることがなくなる。目標より商談の場を設ける機会にも恵まれ、契約に至った瞬間はホッとしたものだ。

井伊夫妻に背中を押されて出展を迎えたので、恩返しというにはまだまだ成果に乏しいが、一歩進むことはできただろう。

一色に絞って探求したことが好評で、質の高さと特殊性の需要に応えられたのだ。

開発に協力してくれた紡績会社の担当者も開会中に顔を出してくれたので、盛況なスペースを前に、これからの展望について前向きな話を交わすこともできた。お互い小さい規模なりに闘っている同志なので、先々の話をしていると心強くなる。

小さな事務所にとって、一本の契約が持つ意味は大きい。いくつか可能性を感じる話もあったので、今後詰めていくことができれば成約に至るものもあるかもしれない。

「ちょっと、もったいないけど……。」

壁面に吊るしたポールと布地のサンプルは早々に片付けたが、思い入れのあるテーブルコーディネイトを崩し難くて、目の前で腕組みをして立つ。しかし意を決して一枚ずつ布地を手に取り、丁寧に畳んで箱へ仕舞った。

人それぞれ大切にするものは違う。永井がこだわっているものを、他人に同じ熱量で愛でてくれと要求するのは無理な話だ。しかし承認欲求が全くないと言えるほど達観することもできないので、少し寂しい気持ちも残る。製品そのものに対する評価は期待以上のものだったが、思い入れのある副産物には残念ながら反応が貰えなかったという事実が、永井を落ち込ませていたのだ。

搬入物のほとんどを宅配便で送り出してしまうので、意外に手荷物は少ない。クリストキントをかたどった小さなガラスの置物だけ新聞紙へ包み、箱に収める。

約束通り宮小路グループのスペースへ足を向けると、まだ片付けは中盤に差し掛かったという具合だ。スペースの前で立って待つのも邪魔になるかと思い離れようとすると、資材の影に隠れていた宮小路が永井に気付いて声を掛けてくる。

「永井さん。もう抜けますから。そこで。」

「あ……はい。」

あくまで客として接するべき宮小路に店の用意をさせた上、そもそも彼に対して遠慮があるから、ただ待っているのは据わりが悪い。しかし見つかってしまった以上、隅に寄って極力目立たないよう息を潜めていることしかできない。

「永井さん、ここはお構いなく。行きましょう。」

「……はい。」

宮小路の隣りに並ぶのはやはり長身の男で、『アクアリウム』で見覚えのある顔だ。確か鎌田と呼ばれていたと記憶している。

「永井さん、お忙しい中、お時間いただきまして、ありがとうございます。」

「とんでもない。こちらこそ……」

もっと気の利いたことを言えないものかと頭を叱咤するほど言葉に詰まる。自分の立ち位置もよくわからず、促されるまま黒塗りの高級外車に収まる。

「鎌田。まずメゾン・マリィへ。」

並んで座り、宮小路との距離が近くなると、今まで気付かなかった香りが永井の鼻に届く。ほのかに香る程度で、何の香りかはわからなかったが、夏に相応しく爽やかで上品な匂いがする。

視界に入る彼の衣服は触れずとも上等な品だとわかるので、羨ましさを通り越して畏れ多い。車も二千万はくだらない有名な外国車だ。黒革のシートに身を沈めながら、永井は生きた心地がしなかった。生きる世界が違うというのは、まさにこういう事だろう。

「永井さん、今から表参道にある建設中のホテルにご案内いたします。」

「ホテル……ですか?」

「リネンを丸ごと引き受けておりまして、オーダーに応えるため、質の高い品を探しています。」

やはり規模の大きい老舗は受注するものの規模も違うなと感心する。しかしその矛先が自分に向いているかと思うと、軽く眩暈を覚えた。

「当社も品数には自信があるのですが、なにぶん大量生産向きで。質の高いオーダー品となると今度は予算が厳しい。オーナーは白をご所望なんですよ。」

「なるほど。」

それで井伊工房にもお鉢が回ってきたのかと納得する。しかし『アクアリウム』での一件をどう解釈すれば良いのだろうかと考え、腑に落ちない気持ちは残る。

「サンプルをご覧になりますか?」

「是非。」

サンプル生地を手製で一覧にしたカタログを鞄の中から取り出すと、優美で大きな手が永井の手元から攫っていく。待ちきれなくて、と柔らかい笑みで告げられ心臓が跳ねたが、運転席から聞こえてきた咳払いで我にかえる。

「表参道というと、やはり高級志向ですか?」

「ええ。全室スイートルームの設えで挑みます。リネンの質が問われるということです。それにホテルで使用するものなので、何度洗っても耐えてくれなければ困ります。」

「確かに。そうしたら、こちらはいかがでしょうか。」

勧めるのも身が縮む思いではあるが、これは仕事だと割り切ってカタログに手を伸ばす。

「白というよりアイボリーに近い色みですが、放湿性にも保湿性にも優れているので、日本の気候でも通年使えます。」

「厚みも目の粗さも……申し分ないですね。」

「紡績工場が直営している養蚕場から生糸を調達しています。こちらの製品は一番良質なところだけを使っているんです。それでも卸が入らないぶん、そちらの値でご提供できます。経営規模が小さいので数を多く出せないのが唯一の難点ですが。」

「むしろ今回の案件にはピッタリです。」

シーツとピローカバーの試作を依頼され、怖いくらいに話が進む。

「明日、井伊工房さんへ伺います。」

「いえ、そんな……こちらから伺います。午後のご都合はいかがですか?」

お言葉に甘えます、と柔和な笑みを返されて、永井は思わず言葉を失う。真っすぐこちらを捉える視線が猛烈に恥ずかしくて、慌てて鞄の中に手を突っ込み手帳を取り出して誤魔化す。

「午後の二時頃いかがでしょうか。」

「鎌田、午後二時から二時間空けておいてくれ。」

主に試作品の契約について案を詰めていくが、二時間とは随分長いなと内心構える。しかし窓の外に目を向けるよう促されたので、抱いた疑問は霧散してしまった。

「あちらがメゾン・マリィです。」

外壁は完成していなかったが、シックな雰囲気が街に溶け込んでいて、グレードの高いレストランを思わせる趣きだった。

「完成したら、またお連れします。」

「……はい。」

本契約に至るかどうかもわからないのに、随分気の早い話だ。外観を見る限り、完成はまだまだ先に思える。

車が再び走り出して間もなく、ドアマンの立つレストランの前に車が横付けされる。降りるよう促されて永井が絶句するのも無理もない。どこが軽い食事なのかと、つい責めるような目で宮小路の広い背中を見る。一般的に星付きレストランを軽い食事処とは言わないだろう。

機嫌が良さそうに歩く宮小路にエスコートされながら、永井はしおしおと縮こまって入店する羽目になった。








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