小言ばかりの鎌田と四六時中いると、プライベートタイムくらい華の一つも欲しいものだ。しかし宮小路デザイン事務所は強者揃いで圧倒的に癒しが足りない。経理を任せている唯一の女性は御歳六十五。柔らかい笑みに騙されていると、鋭い突っ込みに宮小路の心は折れる。現在宮小路グループをまとめ上げる父、勉(つとむ)の長年の秘書として手腕を振るってきただけあって、一筋縄ではいかない。
「華がない。」
「今に始まったことじゃないだろ。」
「名前くらい聞けば良かった……」
「聞かなかったのか?」
「いきなり質問攻めでは引かれるだろ。スマートに運ばないと。第一印象は重要だ。」
宮小路の名を見た彼は驚きが先に立ったらしく、好意的に受け止めてもらえたかどうかは微妙だった。しかし名はそこそこ知られている自負があるから、奇妙な勧誘だとは思われないだろう。
「今日は行かないのか?」
「『アクアリウム』に行くのは暫く控えるよ。会えない方が、恋焦がれてもらえるだろ?」
「おまえのその妄想癖はどうにかならないのか?」
妄想癖だなんて、失礼な。名刺だけ残してパタリと訪問が途切れれば、気になって連絡くらいは寄越してくれるかもしれない。仕事を盾前にしたが、連絡をくれる理由なんてなんだって構わない。一度繋がりができれば、やりようはいくらでもある。それに、連日彼の視界に入っていては、見張られているようで落ち着かないだろう。
「宮小路。親父さんは午前中、会議のオンパレードだとよ。返事は今日の三時までにするってメールが来た。」
「返事を待ってるとギリギリだな。修正が入ったらアウトだ。」
製品見本市も兼ねた合同展示会は二週間後に控えている。事務所からの出展だけでなく、宮小路と鎌田はグループの顔として当日も駆り出される予定だ。任された企画書の提出期限も迫っており、一ヶ月ほど前から特に鎌田は走り回っている。
「どうせ家帰ってもやることないだろ。」
「なんだ。独り身にだって人権はある。」
「それなりに謳歌してるだろ。たまの残業くらい観念したらどうなんだ。」
「俺に枯れろって言うのか?」
「惚れっぽいし、騙されて貢ぐし、いっそ干からびろ。おっさんのおもりは、いい加減うんざりだ。」
「おっさん……」
鎌田は既婚者だ。小学一年生の子どももいる。父であり、子どもの友人たちから見れば近所のおじさんだ。事実ほど残酷なものはないと、近頃身にしみて感じる。
「つまり夢を見続けるには、俺は若くないってことだな。」
「理想があるのが悪いって言ってるんじゃない。恋に夢見るのも、おまえの勝手だ。だけど騙されてるって気付いてんのに懐に入れ続けるのはどうなんだよ。そこそこ責任のある立場だし、宮小路グループを背負う一人なんだぞ。」
一度身体の関係までいくと、すぐのめり込んでしまう。顔が好みなら尚更だ。嘘でも優しくされれば情が湧いてきて、金銭目当ての付き合いだとわかっていても、少しの可能性を信じて自分から別れを告げられない。
幸運な事に愛情をたっぷり注がれて育ってきた。鎌田には疑うことを知れと口酸っぱく言われるものの、性分なのか心苦しくなる。酷い事をされても、どこかに良心があると信じてしまう自分がいるのだ。相手を疑いたくないという気持ちが、恋愛遍歴を残念にしてきたとは思いたくないけれど。
「鎌田はちゃんと帰れよ。」
「一人で残すと明日が面倒だから、俺も残る。」
「なんだ、仕事は一人前にやってるだろ?」
「明日の朝、寂しかった、構えと騒がないって約束するなら考える。」
「可愛い愚痴じゃないか。」
「断る。それに可愛くない。」
事務所のインターフォンが鳴る。一瞬、『アクアリウム』で出会った彼の顔がよぎる。しかし宮小路の期待は宅配便の到着と共に打ち砕かれた。
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朝霧とおる