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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

宮小路社長と永井さん「アクアリウム」2

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宮小路社長と永井さん「アクアリウム」2

強い陽射しを浴びながら永井晃(ながいこう)は今日も『アクアリウム』へ駆けて行く。紺のシャツには汗が滲み、合皮の黒鞄が滑るくらいには手も湿っていた。

「暑いな、今日も……」

見上げることを躊躇うくらいに陽の光が強い。雲一つ浮いていないので、このまま午後も気温は上がり続けるだろう。

本当は出勤がてらコンビニでおにぎりでも調達し、ずっと室内で涼んでいたい。しかしデスクワーク続きの永井を案じて、お昼くらい外へ出ろと社長からお達しが出ているのだ。

渋々検索をかけて一番最初に目に止まった『アクアリウム』は、永井にとって我が城となりつつある。入社して以降、通い詰めて丸七年。ウエイターである店主の娘とも顔馴染みになり、時折焼き菓子を貰えるくらいの関係になっていた。歳の頃合いは永井とさほど変わらないはずだ。

「よかった……」

まだ指定席の窓側が一つ空いている。空いているというより、永井を気遣って空けてくれているのだ。当初はランチを食べてすぐに退散していたが、居心地の良さに仕事を持ち込むようになった。

仕事といっても簡単なスケッチが主だ。永井は従業人三名の小さなデザイン事務所で、キッチン用品のデザインやテーブルコーディネイトの仕事を請け負っている。

社長は死別した父の知り合いで、永井を大学へ送り出してくれた恩人。事務所は厳しい競争に晒され経営が芳しいとは言い難い。しかし社長夫婦と三人で繋いできた誇りがある。

丸い青看板を見上げ、永井は一息つく。看板の中では、このカフェのトレードマークである金魚たちが星空を背景に澄まし顔をしている。店内の中央には実際球体の水槽が置かれており、手入れの行き届いた水草の間を金魚が優雅に泳いでいた。

「エビグラタンあるのか……」

メニュー代わりの黒板には日替りパスタとグラタンが書かれている。好物のエビグラタンと知り、永井はエビグラタンの腹づもりで入店する。

「いらっしゃいませ。」

「こんにちは。今日はエビグラタンで。」

「かしこまりました。暑いですね。」

「汗だくです。」

店主の娘である智子と軽く会話を交わし、いつも通り窓側の奥に陣取る。そして着席早々、永井はスケッチブックを開いた。大規模な展示会が控えている。そこで披露するテーブルコーディネイトのアイディアを練ろうと考えていた。

6Bの柔らかい鉛筆を手に収めたところで、カランコロンと入店を告げる鐘が鳴る。視線だけ上げると、ここ数日見掛ける羽振りの良さそうな二人だった。

畏まったスーツではないものの、身に付けているものがどれも上等な品であることは一目でわかる。腕に付けられた時計も老舗ブランドのものだ。スマートに着こなす彼らに感嘆するものの、それ以上の感慨は湧いてこない。築四十年以上の床板が悲鳴を上げるアパートに住む身としては、一生縁のなさそうな人種だ。

長身の二人には少々窮屈に見えるテーブルへ腰を下ろし、揃って足を組む。身のこなしまで優雅な姿に一瞬見惚れ、永井は慌ててスケッチブックに視線を戻した。

あえて照明を暗めに設定してある店内は、永井の創作活動に大いに貢献している。周囲を気にせず没頭できる環境、目の疲れを癒してくれる球体の水槽や金魚たちの舞。もういっそ職場をここに据えたいと思うくらいには気に入っていた。

「お待たせしました。」

夢中でスケッチブックに描きためていると、時間を忘れてしまう。忘れかけていたエビグラタンの存在を、漂ってきたクリーミーな香りが永井を強い引力で現実に引き戻してくれる。

「ありがとう、智子さん。」

「ごゆっくり。」

「いただきます。」

外でも手を合わせてしまうのは、小さい頃からの癖だ。両親と外食した数少ない楽しい思い出が、永井にそうさせる。病気で早く他界してしまった父へ祈る気持ちも決して少なくない。それに店員が顔見知りなので、一人で手を合わせることにも、さほど抵抗はなかった。

汗の引いた身体に、熱いグラタンをせっせと運び込んでいく。人から意外に思われるのは、大食漢なところだ。綺麗にグラタン皿を開け、永井は残りの休憩時間を再びスケッチタイムに充てる。脇に置いていた鉛筆を握って、展示会場の大雑把なレイアウトを描き込んだところで、頭上から思いがけず声が掛かる。

「失礼ですが、デザイナーの方ですか?」

「え……?」

「少し前からあなたの事を度々お見掛けしておりまして。わたしは、こういう者です。」

突然声を掛けられたことも、声の主が若干この場に不釣り合いな例の男であることにも、永井が驚くには十分な理由だ。天の寵愛を受けたような男が平凡な永井に何の用かと身構えていると、差し出された名刺に目を剥く。

「宮小路……デザイン、事務所……」

正真正銘の御曹司。

デザイン業界のみならず、広く世に知られる宮小路グループの若き経営者が目の前の男であることに驚愕する。メディアにほとんど顔出しをしないことで有名なので、同じ業界にいるというのに全く気付いていなかった。ますます声を掛けられた意味がわからず硬直していると、彼が微笑んでくる。

「人手を探しておりまして、もしお話を伺えるようでしたら、是非そちらにご連絡をお待ちしています。」

「え……?」

これが世に言うスカウトかと、働かないなりに頭を回転させたが、永井は突然降ってきた事態に話の行く先が読めず、さらに混迷を深くする。

「専門分野は問いません。デザイナーでいらっしゃいますよね?」

スケッチブックを覗き見てきた彼に、永井はぎこちなく頷く。そういえば開口一番彼からの発せられた質問に答えていなかったことに今さら気付く。

「では、私はこれで。鎌田、行くぞ。」

「……。」

戸惑う永井を残し、話は済んだとばかりに宮小路彰と書かれた名刺を置いて、颯爽と二人が去っていく。

宮小路グループの御曹司に興味を持たれる心当たりは全くない。何かの間違えではないかと、永井は首を傾げて手元に残された名刺を見つめた。








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