紳助の卒業制作が本格的に動き出した。家の図面でも描くのかななんて呑気な事を思っていたら、町一つを全てデザインするらしい。実在する町を取り上げてデザインするというのだから仮想とはいえ大掛かりだ。
「楽しみだな、紳助の卒制。」
「そう? おまえにもさ、ちょっと手伝い頼みたいんだけど、いい?」
「手伝い?」
「そう。」
課題を手伝ってもらってばかりいた自分が紳助の卒業制作の手助けができるとは到底思えないけど、できる事があるならやってみたい。
「何を手伝えばいいの?」
「デザインしたやつを実際にいくつか実物大で作って、それを今あるものと合成していくんだけど・・・時間的に自分一人じゃ限界あるから。他にも手伝いは頼むんだけど、照明周りのテキスタイルは全部おまえにやってもらいたいんだ。パターンは全部で二十。」
そんなに作るの、という言葉は何とか呑み込む。去年一年間で自分が制作した数より多い。しかも紳助がデザインするのは恵一に割り振る分だけではなく、他にも多岐にわたる。
こういうバイタリティーがないと、一目置かれるだけの存在にはなれないのだ。
気が遠くなりそうになりながらも、紳助が作り上げるものに関われるなら、全身全霊を捧げて手伝いたいと気持ちが高ぶってくる。
「頑張るから、手伝わせて。」
「ありがと。」
紳助は顔が広いし、本当は自分より適任はいたんじゃないかな、と思ってしまう。けれどそうであったとしても、やって欲しいと言ってくれた紳助の優しさに涙腺が緩む。
「恵一?」
そっぽを向いている隙に何とか涙を引っ込めて、向き直った時には上手く笑えていたと思う。こんな人の多い食堂で泣くわけにはいかない。
紳助は凄い。そしてそんな彼をただ凄いと思う事しかできない自分は、多分この世界ではやっていけない。
プライドもあるから、四年間、頑張るだけ頑張ってみないと納得はできないけれど。
紳助がこの世界で止まる事なく駆け上がっていくように、恵一自身も自分が輝ける場所を見つけてしまった。
モデルや芝居の仕事をしている時、自分が自分でなくなっていくことで、心が解き放たれる瞬間がある。その感覚は自分にとって快感だった。
演じることは疲れるけれど、心は逆に高揚していく。緊張を超えられると心が磨り減ることがなくなるのだ。
楽しかった。残念だけど、生涯の仕事にしようと思って入ったこのデザインの世界よりも。
モデルや芝居の仕事は紳助たちが織り成す仕事と無関係ではない。一緒に作り上げていくこともある。
興味を示している方向に間違えはなかったけれど、紳助が導いてくれた世界が、恵一には向いていた。ただそれだけのことだ。
一つの事に縛られることはない。色んなものに目を向けて挑戦してみることを教えてくれたのは紳助だ。
恵一の世界に彩りを添えてくれたのは彼。自分にとって替えのきかない唯一無二の人。
騒めく食堂に彼と二人でいると、紳助にだけスポットライトが当たったように恵一には見える。好きが高じた欲目だけれど、自分にはそう見える。重症だな、なんて思って苦笑いしていると紳助が不審の目を向けてくる。
「恵一。おまえ、さっきから何、百面相してんだよ。」
「こっちの話。紳助には言わない。」
「へぇ。」
紳助の目が好戦的に細められる。鋭い彼の眼光は好きだ。けれどあまり彼の興味を引いてしまうと、恵一自身が辛くなる。口を割らない時は身体に、という流れが紳助の中にはあるからだ。
「紳助の卒制が楽しみで、色々想像してただけ。」
「・・・そういう事にしといてやるか。」
紳助は今からバドミントンの履修が控えているらしい。食べ終えて立ち上がった彼は、ヒラヒラと手を振って、呆気なく去っていく。その後ろ姿を見て、もう一度好きだと思った。
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朝霧とおる