恵一は長期休みだけでなく、本格的にモデルの仕事を始めた。最初にやった仕事の印象が強いこともあり、依頼される仕事は香水や女性誌の特集ページの仕事が多い。
マネージャーの岡前が当分神秘性を売りにやっていくというので、まだ演技力が十分とは言えない恵一にとっては、元々向いている方面で仕事ができるのは幸運と言えるだろう。
ジムにも通い出してプロとして身体を作り始めた恵一。今まで無頓着だった肌の手入れを始めた日には心底驚いたが、あまりにも熱心なので、恵一の中に心境の変化があったのだな、と見守ることにした。
紳助の卒業制作は終盤に入っている。中間プレゼンの結果を受けて、さらに肉付けをしているところだ。
一学年下の後輩たちが中心となって手を貸してくれている。恵一も仕事との折り合いを付けながら必死に喰らいついてきてくれていた。手伝ってくれた彼らの苦労を無駄にしないためにも、絶対に学園賞を取りたいところだ。
中間地点の講評で掴みは上々。あとはどれだけ完成度を上げて、あっと言わせるクオリティにできるかだ。
何でも笑って許されるのが学生の特権だと思っている。だから、卒業制作はやりたい事を詰め込める最後の機会かもしれない。寝る間も惜しんで制作に励むのが楽しくて仕方なかった。
「紳助。これ終わった後、どうするの?」
「引き取り手があるものは渡すけど、基本的には処分するしかないだろうな。」
「俺が織ったやつ、欲しいな。」
恵一は最近、言いたい事を呑み込まなくなった。他の人に対しては相変わらずハッキリ意思表示をするのが苦手なままだが、紳助には望む事を素直に言うようになった。
なかなかの進歩だ。紳助にとってささやかな幸福だったりする。
彼が制作を協力してくれているものに関して譲り渡すのは何の異論もない。
「やるよ。」
だってこの町の仮想プロジェクトは、恵一に捧げるためのものだ。本人には言うつもりはない。紳助自身の胸の内に仕舞い込まれ、この先も明かされる事はないだろう。
いつか恵一と二人、こんな町や家に住みたい。まずそこが出発点だった。公表している制作動機や意義についてはあくまで後付けだ。
けれど何かを作る時には、どうしても叶えたいという願望と衝動が必要だ。寝る間も惜しんで没頭できるのはそういう衝動があってこそ。
「恵一。今、どこまで進んでる?」
「十三番目。あと、一時間くらいでなんとかする。」
「順調だな。」
「ホント?」
「ああ。恵一の方は予定より早く進みそうだな。和紙の方がちょっと遅れてるんだ。終わったら、そっち回ってくれる?」
「うん。でも俺、和紙って全然ノータッチの分野なんだけど、大丈夫?」
「やってもらうのは組み立ての方だから。図面通りパーツ組み合わせてくれれば問題ないよ。」
「そっか。それならやれそう。」
恵一は昨日撮影の仕事だった。疲労困憊だと思うのだが、そんな疲れも振り切るように、紳助の手伝いを熱心にやってくれている。
何かが少しずつ、恵一の中で吹っ切れていくのをここ最近で感じる。今までにない集中力を発揮しているように思うし、恵一自身の課題も自分の力で奮闘しているようだった。
「恵一」
「うん?」
「予定通り年末で卒制が片付きそうだったら、ゆっくり話したいんだ。」
「・・・。」
「別れ話とかじゃねぇからな。俺が就職した後の話とか、おまえの仕事の話とか。少し未来のこと、落ち着いて話したい。」
「うん。」
恵一が変な思考の迷宮に陥らないように、釘は刺せるだけ刺しておく。そうでなければまた泣かせることになるだろう。
「俺も・・・紳助に話したい、というか相談があって・・・。」
「聞くよ。」
「ありがとう。」
「死にそうなこの制作が終わって、たっぷり寝たら話そう。」
「そうだね。」
恵一が欠伸をして伸びをする。ここ数日、二人とも仕事と制作どちらにも追われていて碌に寝ていない。けれどそんな生活も残り僅かだ。終わりが見えるものは辛くはない。
「紳助、あのさ・・・」
ミシンの前から立ち上がって、恵一が紳助の背後に回りこんで背にもたれかかる。
「疲れてたらいいんだけど・・・」
そういえばここ二週間ほど忙しくてお預けだった。消え入りそうな声で恥ずかしそうに求めてくる恵一が可愛くて堪らない。今日は最後まで言葉で強請らせるという意地悪はしないことにした。
「じゃあ、今やってるやつ片付いたら、ご褒美な。」
「・・・うん。」
背から伝ってくる恵一の体温がいつもより高い気がする。眠気が勝ってくると身体がポカポカと湯たんぽのように火照ってくるのはいつものことだ。
名残惜しそうに背中から離れていった恵一が、紳助の方を意識的に見ないまま、再びミシンに向かう。恥じらい方が愛しくて、上機嫌になりながら、紳助も残りの作業に向かい始めた。
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朝霧とおる