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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら45

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この手を取るなら45

スクリーンに映し出される恵一を観て、不思議な感覚に陥る。知っているはずの恋人なのに、全く知らない別の誰かになっている。それが映画を観た率直な感想だった。

自分とは違う人間と恵一が手を繋いだり笑ったりする事にもっと嫉妬すると思っていた。けれどその想像は良い意味で裏切られたのだ。

恵一だけど、恵一ではない。だからスクリーンの中にいる恵一に嫉妬をぶつけようとは思わなかった。根っからの役者。天が恵一に与えた才なのだろうと思えた。

映画の中のストーリーに少しずつ惹き込まれて、思わず口元を緩めたり、涙腺が刺激されたり、今まで触手の動かなかった類いのジャンルだったけれど十分に楽しめた。

自分の恵一に対する欲目だけではないと思う。紳助の真後ろにいた女性は涙目だったようだし、会場のあちこちから感嘆の声が聞こえてきたからだ。

ホッとするのと同時に、少し寂しさを覚える。恵一が階段を上っていくたびに、多分自分は繰り返し同じ気持ちになるんだろう。

恵一が置き去りにされるのを恐れているのは気付いている。けれどそれは紳助も同じなのだ。

想いは通じ合っているはずなのに、お互い離れる気なんかないくせに、ずっと怯え続けていることが笑えてしまう。抱き合って気持ちを確かめ、一瞬の安堵の後は、また別れを恐れて怯えるなんて。

ずっと一緒にいたいと共に願える事は幸せな誓いであるはずなのに。

恵一が心から安心し、幸せを噛み締める姿をこの目で見たい。スクリーンの中の笑顔は所詮、造り物。心を許せば許すほど、恵一は残酷なほど正直者だから。

恵一は、まだ紳助の腕の中で、本当に安息した事はないだろう。頑張り過ぎて力尽きて、ほんの少し休んだら、また闘いに行くことの繰り返し。

好きだから幸せになってほしい。どうしたら心から笑ってくれるだろう。どうしたらその笑顔が永遠に続くのだろう。

迷宮入りしそうな想いに紳助は一人苦笑いをする。視界が明るくなった会場では観客の色めき立ったざわめきに満ちていた。

監督や出演者が壇上に上がり始めると、会場が拍手で満ちる。紳助も恵一へ贈るつもりで手を鳴らした。

恵一はあくまでサプライズゲストらしく、まだ壇上には上がらず最前列中央に鎮座していた。遠目で見ても彼の後ろ姿が緊張に満ちているのがわかる。

恵一は元々人前に出るのが苦手だ。その上、紳助からの評価を気にしているし、モデルとしても俳優としても謎を売りにしてきた所為で群衆の前に生身を晒すのは初めてなのだ。

普通、主役は最初から登壇する。正直、今回のケースは相当レアだろう。

可愛い自分の仔犬に色んな重圧を掛け過ぎだ、と文句の一つも言いたくなる。自分もその重圧の一因であるが、それはそれ、これはこれだ。恵一を泣かせていいのは自分だけ。他人が恵一を苦しめるのは許せない。歪んだ独占欲だ。

今日はたくさん褒めて、甘やかせて、この腕の中で溶かしてやりたい。この場にそぐわない不謹慎な想いなのはわかっている。誰かに晒すわけでもなし、思うだけなら自由だ。

今か今かと待ち構えていた恵一の背中がピクリと反応する。壇上からついに声が掛かったからだ。

会場がサプライズゲストという言葉にどよめいて、席を立った恵一に皆の視線が一気に集中する。

けれどあれほど緊張の背中を紳助に見せていた恋人は、立ち上がった途端スイッチが入ったようだった。登壇者や観客に向かって頭を下げ階段を登り始めた頃には、もう紳助が知るいつもの恵一ではなかった。

用意された台詞を落ち着いた様子で話す恵一は、車の中で拗ねたり、紳助の前で泣いたりする彼とは別人。

仮面を被るのが上手い事は必ずしもいい事ばかりではない。けれどこういう世界でやっていくためには必要不可欠なスキルだ。

恵一にはこの仕事が向いている。テキスタイルやファッションデザインに勤しむ事も好きなんだろうけれど、彼には明らかにこの世界が向いている。

メンタルが弱いと切り捨てるのは簡単だが、その繊細さがあるからこそ、別人を演じきる細やかな仕草を作っていけるとも言える。

「皆さんに無事お届けすることができて、大変嬉しく思います。」

「誰に一番この映画を見てほしいですか?」

「僕の大切な人に。」

「大切な人! 皆さん、聞きましたか? ちょっと意味深ですよねぇ~。それはもしかして恋人とか?」

司会をしているのは今人気急上昇中の芸人だ。際どい事を言った恵一にこちらかは少しハラハラしたが、当の本人は至って穏やかな顔で笑っている。

「僕に色んな世界を見せて夢を与えてくれたり、沢山の気持ちを教えてくれた特別な人がいるんです。今、皆さんの前に立つ事ができるのも、その人のおかげなんです。だから敢えて言うなら、その人に一番見て欲しい。今日もここにいるんですよ。」

司会をしている芸人が最前列の関係者たちを眺めて大袈裟に残念そうなリアクションをした。

「そうなんですか。皆さん、残念でした。恋人ではなさそうですね。ざっと見る限り、今日来てるケイくんの関係者は皆さん男性でした。ちなみにどちらの方ですか?」

「それは内緒ということで。」

「ケイくんの関係者の人たち、皆、自分だと勘違いしちゃうんじゃない? 良い気にさせといて、あんたは違うよ、みたいな事にならないと良いですけどね!」

司会者のとぼけた話し方に会場がどっと笑いに包まれる。

恵一は紳助に視線を投げかけてくるような事は一度もなかった。当たり前だ。そんな事をして紳助の事が目につけば、揚げ足をとろうとしてくる輩はいくらでもこの業界にはいる。

マネージャーの岡前は紳助と恵一の事情を知っている。彼が恵一に入れ知恵をしている可能性は高い。

「ケイくんはモデルでデビューをしたけど、普段は何をやってるの? ね、皆さん知りたいよね!」

会場が同調の雰囲気になるが、恵一はその空気に臆する事もなく和やかな口調で応えていく。

「普通に学生をやっています。」

「そうなの!? どうする、こんなイケメンが隣りの席だったら! 何にも頭入らないよね!」

再び会場が笑いに包まれて盛り上がる。関係者席に座っていた岡前がそれ以上はダメだと司会の芸人に向けて手を挙げる。

「残念。ケイくんのマネージャーさんからお叱りを受けたので、これ以上根掘り葉掘り聞けなくなっちゃいました。ん? おまえなんか干されてもいいから、もっと聞けって? 私もさ、これで食ってるから、そういうわけにもいかないんですよ。そう、大人の事情ってやつ。」

どうやらこの一連の流れはしっかり組まれたものなのだな、と紳助は納得する。そういえばこの芸人も恵一と事務所の系列が同じだ。

紳助は笑いの中に一度埋もれてしまった、恵一の本音を掘り起こす。

特別な人。その言葉だけでも今の自分には十分だった。恵一の中で自分が他に替えの効かない唯一無二の存在ならそれで構わない。

不完全な自分を嘆いてばかりでは恵一を安心させてやれない。共に過ごす日々を大切にすればいい。笑ってくれる時間を慈しんで、彼が不安で泣くなら抱き締めてやればいい。小さな幸せを、そうやって重ねていくことが、今の自分たちにできることだ。

最近、理想と現実を比べ過ぎていた。以前までの自分なら、もっと淡々と物事を見ることができたはずなのに。良くも悪くも、恵一は自分を狂わせる。けれど波のない人生はつまらない。恵一がいるからこの心は揺れ動いて、高まったり底を見たりする。

自分の思い通りに進むだけの人生には何の彩りもない。だから恵一も自分も恵まれている。

こんなに求め合って、振り回されて、全力で想える相手になんか、そうそう巡り会えない。けれど奇跡的に出逢えたのだから、もうこの手を離したくない。

早く終わらないかな、と壇上に上がる面々を見遣って不謹慎な事を思う。

頑張ったな、と褒めて、また頑張れと送り出してやりたい。そんな衝動に駆られて、紳助は居ても立ってもいられない気持ちで、もう一度スポットライトを浴びる恵一を見た。














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