仕事と勉強、どっち付かずなのはあまり褒められた事ではないと思う。けれど取り敢えずやれるだけやってみると決めた。
紳助は相変わらず憎たらしいくらい飄々としている。卒業制作を一年かけてやる傍ら、建築事務所での仕事もこなしている。
二人の暮らすアパートには、紳助の仕事に使う本と、自分が写り込んだ雑誌が少しずつ増えていき、少々手狭になってきた。広いところへ移ろうかと提案されたけれど、何となく気が進まない。紳助もそれ以上強く言ってくる事もなかったから、そのままうやむやになった。
「恵一。準備できたか?」
「ちょっと待って。髪が・・・」
今日は自分の出演した映画の試写会がある。事務所が謎のモデルという設定を貫き通したいらしく、暗転してから確保されている席へ誘導されることになっている。
サプライズでちょっとした挨拶をすることになっていたから妙に緊張していた。髪のセットは会場へ行けばまたやってくれるのだが、ソワソワが抜けなくて家を出難い。
紳助に演技を観られるということも緊張の原因だ。もしかしたらそれが一番緊張している理由かもしれない。
「どこも跳ねてないけど?」
「ッ・・・」
洗面所の鏡の前で格闘していたら、紳助が背後から顔を出す。紳助が挙動不審な自分を見て不敵に笑み浮かべたので、心臓が煩く鳴り始めた。
「ほら、行くぞ。」
恵一の腕を引く紳助は、こちらと違い楽しげだ。昨夜からいつにも増して機嫌が良かった。
良い出来だったねと言って欲しいから不安になってしまうのだ。紳助はお世辞を言わない。それを知っているから、自分の存在意義に関わる気がして怖くなってしまう。
形を潜めたと思ったら、急に芽を出す不安の種。紳助が自分を好きでいてくれる事と、モデルや芝居の仕事は必ずしも結び付いてはいない。頭ではわかっていても、認められる事で安心したくなる。彼の隣りに見合うだけの自分でいたくて。
「おはようございます、岡前さん。お待たせしました。」
「おはよう、ケイ。さ、乗って。」
一人で現場へ行く事は滅多にない。ほとんど岡前が迎えに来てくれる。紳助は早々に助手席へと収まってしまい、恵一は一人後部座席に乗らざるを得なかった。
本当は二人並んで座りたかった。顔が見えなかったら紳助が何を考えているのかも容易にはわからない。
会場へ行っても席はバラバラだ。二人を結び付けるものがあってはいけないから、と岡前には言われた。彼にはもう関係がバレている。反対されるかと思ってその時は身構えたけれど、そういう事ではなかった。
何かあった時、ちゃんと事実を把握できていないと庇えるものも庇えなくなる。ただの事実確認だというあっさり具合にも驚いたけれど、臆する事なく事実を告げてしまった紳助にも驚いた。
自分は小さな事にも怯えては手探りで、紳助のように決断を迫られた時に潔いジャッジが下せない。
性格の問題だと言われればそれまでなのだが、自分でも歯痒いのだ。しかし昨日今日ですぐに臆病なこの性格が直るわけでもない。
自分だけが置いてきぼりを食っている気がして、少し焦りがある。それも不安を増長してしまう一因だろう。
「三島くんはB列。客席から見て左端ね。普通に入ってくれてて大丈夫だから。」
「ありがとうございます。」
「ケイは、暗転してから俺が誘導するんだけど、最前列中央。二人とも首痛くなるような場所だけど、関係者席ってそういうもんだから勘弁してね。」
「観させていただけるだけ、有難いですよ。」
「ほとんどの関係者が今日初見なんだ。ケイ、緊張するもんでしょ?」
「・・・はい。」
「今さら修正はきかないしね。腹括って。」
岡前の言う通り、今さら駄々を捏ねたところでどうにかなるものでもない。紳助は何て言うだろう。
撮影が終わった後、君を選んで良かったと監督に言われた。もちろん頑張った事に対して労いがあったのは素直に嬉しかったし、達成感もあったのだ。
しかしそれよりずっと、紳助がどう思うかが気になってしまう。落ち着かなくて気が変になってしまいそうだ。
頑張ったからそれでいい、と言ってもらえるのは学生だから。仕事はそうはいかない。認められて初めて意味を成すわけで、自分は紳助にそういう意味でも認めて欲しいと願っている。
無理矢理窓の外の景色を睨むように見つめる。気を紛らわせる事に必死になっている自分は大層滑稽だ。それだけ自分の中で紳助という存在が大きい。
こんな気持ちで試写会に臨んでも、欠片もストーリーが頭に入ってこないのではないかと思ってしまう。
「恵一」
「ッ・・・」
「そんな死に行くような顔するなよ。」
バックミラー越しに紳助がこちらを覗き見てくる。心配させている事実がすでに居た堪れない。
「期待しない方が良いのか?」
片眉を上げて訝しげに紳助が尋ねてくる。そんな事を言われたら言われたで腹が立つ自分は、器が小さい。
そもそも自分は紳助のような図太い神経とは無縁だ。堂々と構えている事なんてできない。彼と同じだけのキャパシティを求められたら無残に潰れるだけだろう。
段々緊張がイライラに変わってきて、自分でも何が何だかわからなくなってくる。
「・・・もう、ほっといて。」
ピシャリと言い放っても、紳助と岡前は大して気にしている様子はなかった。岡前には姫のご乱心とまで言われ、面白くない。
結局、終始紳助と岡前にそっぽを向きながら会場入りしてしまった。
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朝霧とおる