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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら46

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この手を取るなら46

壇上から降りて控え室に戻った後、挨拶もそこそこに岡前に連れ出されて、地下駐車場の車に乗り込んだ。車はファンに囲まれるのを阻止すべく、あっという間に会場を離れた。

紳助は車に乗っていない。万が一をいつも気にしなければならない。頭ではわかっているけれど、切なくなってしまう。

感想を聞くのはもちろん怖いのだが、やり終えて安堵した気持ちの方が今は勝っていた。

アパートに着くまで紳助に会えないなんて。

スマートフォンを眺めてみるけど、うんともすんとも言わない。

紳助はあまりこの手のものでマメに連絡を寄越すタイプではない。軽率にメッセージでも送ろうものなら呆れられそうで躊躇われる。

画面をつけては消して、消してはつけてを繰り返している間に、アパートが迫ってくる。結局、画面を閉じて近付くアパートを凝視した。

勇んで勢い良くドアを開けたものの、中はもぬけの殻。当たり前だ。自分の方が先に逃げるように会場を出たのだから。紳助は今頃、電車の中だろう。車では大した距離ではないけれど、電車だと遠回りになるような話を岡前が車の中でしていた気がする。

何だか間抜けな自分に笑える。紳助一人に、こんな必死になる自分は、他人から見たらさぞ滑稽だろう。

けれど恵一にとって紳助は我を忘れて追い掛けて、縋り付いて、どんなに惨めになっても一緒にいたい人なのだ。

「早く帰ってこないかな・・・」

部屋は静かで、ベッドへ身体を横たえると、さらに静寂さが増した。鼓動だけがトクントクンと耳を伝って聞こえてくる。

紳助と出逢ってからの時間は今まで生きてきた中で一番密度が濃い。頭がパンクしそうなほど自分を取り巻く環境が変わった。

紳助と一緒にいると全力で挑むことになるから正直疲れる。けれどそれ以上に得るものも大きくて、もう彼なしの生活なんて考えられない。

引き摺り回されたって、死にそうになったって、一緒にいたい。この手を離してほしくない。

自分の弱さで、何度も手を引っ込めそうになった。しかしそのたびに引っ張り上げて付いて来いと紳助は言う。

それがどんなに嬉しいことか、紳助はわかっているだろうか。一緒にいられるなら息が止まってもいい。紳助が望んでくれるなら自分は喜んでこの身を差し出してしまうと思う。

シーツに鼻を押し付けると、紳助の匂いがする。安心して、身体が熱くなる匂い。

人肌の温かさは紳助が教えてくれた。あんなに胸がいっぱいになって、嬉しくて切なくなる行為は他にない。

欲しくて堪らなくなって、頭が紳助一色に染まってからどれくらい経っただろうか。玄関の鍵が回る音を聞いて、ベッドを飛び起きる。

逢いたくて堪らなかったのに、紳助を前にしたら、何も言葉を発せない自分に戸惑う。あんな大勢の観客を前にしてスルリと出た言葉。紳助を特別だと評したけど、そんな言葉では足りないくらい紳助の存在は自分にとって大きいのだと思うと立ち尽くしてしまった。

「恵一、ただいま。どうした?」

呆然と突っ立って出迎えた自分を訝しんでいるかもしれない。でもそう思っても、上手く身体が動かない。

「お疲れ。」

紳助が満足げに恵一の手を引いて抱き寄せる。広い胸に迎え入れられて彼の匂いが鼻を通ってくると、ようやく抱き締められているのだと気付いた。

温かくて安心する。頭を占めたのはそんな事ばかりだった。

「行きは随分拗ねてたのに、機嫌は直ったのか、恵一。」

愉快そうに紳助に抱き上げられて、何の疑いも持たずシャワールームへ向かう。

そう言えば紳助はいつも軽々自分のことを持ち上げるけれど、自分は特別小柄ではないのだ。凄いな、なんて他人事のように思いながら紳助の手を見つめていると、その手が恵一のシャツのボタンを器用に外し始める。

「・・・自分で、するよ?」

「今日は俺がやるんだよ。おまえが頑張ったご褒美だから。」

「ご褒美・・・」

「そう。」

頑張ったご褒美、なんて言葉を使われたのはいつ以来だろう。幼稚園に通っていた頃、先生によく言われた気がする。幼子になった気分になるけれどバカにされた気にはならなかった。紳助の眼差しが熱くて、彼の手が触れた先から痺れるような感覚がしたから。

この手が好き。長くて器用な指先が恵一の顎をすくい取る。自然にゆっくりと紳助の顔が近付いてくる。目を閉じてすぐに、唇が温かく柔らかいものに包まれた。もう何度も重ねてきたけれど、始まりを告げるキスはいつも特別に感じる。

これから心を許すと覚悟を決めて、紳助に全てを明け渡す。そのための大事な儀式。

「ふッ・・・ん・・・」

今までした中で一番穏やかなキスかもしれない。初めて抱いてくれた時も、多分こんなキスだったんだと思う。そうでなければ自分は怯えていただろう。けれど当時は心に余裕がなかった。ただ紳助が与えてくれるものを追い掛けるだけで精一杯だったから。

少しは彼に近付けただろうか。それとも恵一が進んだ距離に比例するように彼はもっと先へ行ってしまったのだろうか。

そんな事を考えるたび不安が湧いていたけれど、今日は不思議と違った。幾度も重なって、徐々に深くなるキスの気持ち良さに溺れていくだけだ。

この先に待ち構えている行為に期待して、心が嬉しさで震える。ただそれだけだ。

紳助がワックスで固められた恵一の髪に湯を通して解していく。彼の長い指が頭皮をくすぐる気持ち良さにうっとりして目を閉じる。

「気持ち良い?」

「きもち、い・・・」

「いい声。」

恵一の髪を湯ですすぎながら紳助が背後から腰を寄せてくる。硬いものが恵一の腰に当たって主張してきたので、嬉しさで少し胸が苦しくなった。

自分が欲しくて仕方がないのと同じように、紳助も求めてくれているんだとわかる。誤魔化しのきかない、とてもわかりやすい変化だ。

身体を弄る手がくすぐったくて気持ち良くて、すぐに恵一のモノも硬く兆した。

「ん・・・ッ・・・」

手を握り合って、何度も唇を重ねる。それだけで高みに上っていける気がするくらい、紳助が好きだ。

優しくして欲しい時も、少し激しく求め合いたい時も、敏感に気配を察知して望むものをくれる。恵一から見ても紳助の望むものはほんの僅かしかわからないのに、この男には恵一の望むものが手に取るようにわかるのだ。

不思議でたまらない。同じだけ見つめ合っているはずなのに、相手の望むものを汲み取る力はどうやら違っている。

紳助を喜ばせたいのにもどかしい。何もかも知っていたいのに、もっと近くで感じていたいのに、まだまだ遠いのだ。

「紳助・・・」

「うん?」

キスの合間に彼の名を呼ぶ。応えてくれる事が嬉しい。多分彼が自分にしてくれる事なら何だって嬉しいのだと思う。

「もっと・・・」

「もっと?」

微笑んで応えた紳助は、恵一の身体を一通り清めてタオルで包んでくれる。

何て言えば伝わるだろう。考えてもよくわからなくて、再び始まった口付けに流されてしまう。

もっと紳助の近くにいたい。それは物理的な距離の話ではなくて心の距離、という意味だ。伝えたいのに言葉が出ない。ベッドまでの道のりを抱き上げられて、紳助の胸に額を付ける。もどかしくて涙が溢れてきた。

「恵一、言えよ。もっと、どうしたいんだ?」

壊れ物を置くようにベッドへ下ろされて、濡れた頬を紳助の両手が包み込む。

「教えて? いつまでも待つから。おまえが俺に言いたい事、全部言え。」

ベッドへ並んで座り、肩を抱かれてあやされる。

ほら、やっぱり紳助にはわかる。自分が悩んでいる事はこの男には筒抜けなのだ。

擦り寄って、自分から紳助に抱き付く。抱き締め返してくれたのを合図に、恵一はポツリポツリとまとまりのない自分の気持ちを話始めた。













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