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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら42

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この手を取るなら42

母の病室へ、最初のうちは毎日、病状が落ち着いたと主治医から聞かされてからは週末、必ず足を運んだ。無言で終わってしまう日も多かったけれど、気紛れではなく熱心に通う気持ちが届いたのか、少しずつ母も心を解いて話すようになってくれた。

母が倒れてから、一つだけ保坂家に変化があった。父が母のもとへ来るようになったこと。父とはすれ違いが多く、恵一が会えることは滅多になかったけれど、母とは会っているらしい。看護師から伝え聞く限り、別に喧嘩をするでもなく、淡々と夫婦らしい会話をしているという。

長い間空白のあった二人が夫婦らしく話す姿なんか想像もつかなかったが、どうも恵一の事を話題にしているようだった。二人にはモデルをやっていることすら話していなかった。しかし看護師に自慢をしているらしい。少し気恥ずかしかったけれど、自分が二人の潤滑油になれているならそれでいいと思えた。

「恵一。あんた、勉強と仕事、両立できてるの?」

「なんとかしてるよ。仕事は勉強に合わせてセーブしてるし。」

「今度、映画出るんでしょ? そんな話、ちっともしないから、ビックリしたわよ。」

「・・・ごめん。」

「ちゃんとご飯食べてるの? 家、戻ってきたら?」

この病室で繰り返される、もう何度も聞いた母の言葉に苦笑いをする。母は実家へ帰ってきてほしいらしい。三人で一緒に暮らそうと、ここ一週間ほどの口癖だ。

「大学の近くが便利だし、ルームシェアも楽しいし。ちゃんと顔は出すよ。」

「女の子連れ込んでるんじゃないでしょうね?」

「ルームシェアしてるのは本当に男の先輩なんだ、って・・・。連れて来ようか?」

「そう? 一度どういう子か、会っておきたいわ。お世話になってるんだし。母さんの方からアパート行ってもいいわよ?」

「じゃあ、来る?」

しっかり頷いた後に、ダブルベッドだという事に気付いて青褪める。迂闊過ぎる自分に手が冷や汗で湿ってきた。

紳助に何て言おう。さすがにあの部屋に来られたら、あの紳助だって良い言い訳を思い付くとは思えなかった。

頭の中だけであたふたしていると、母がトドメの一言を放ってくる。

「来週退院だから、その足で行こうかしら。」

日曜日は授業もないし、断るためのとっておきの嘘は何も思い付かなかった。平静を装いながら、曖昧に頷く。

生きた心地がしないまま、紳助の待つアパートへ慌てて帰った。

 * * *


紳助に相談したものの、別に構わないよと言われただけで全く動じない彼に、自分一人だけ取り残された気分になる。

自分が意識し過ぎなんだろうか。友人関係でもダブルベッドはあり得るんだろうか、と再度自分の常識に照らし合わせてみるけれど、やはり不味い気がして落ち着かない。

「紳助・・・大丈夫?」

「おまえがその面してたらダメだろうな。課題やってるフリでもしてパソコンに貼り付いてろよ。話し相手は俺がするから。」

そう言いながらも、何だか紳助は楽しそうだ。面白いものでも見るように恵一に笑い掛けてくるだけ。

事有るごとに思うけれど、紳助は所謂普通とは違うと思う。慌てる姿なんて到底思い付かない。

「恵一」

「うん・・・。」

「バカな事すんなよ。」

「・・・バカな、こと?」

「おまえから手離したりすんなよ、ってこと。」

「・・・うん。」

「逃げても追っ掛けるからな。」

紳助の言葉が、少し恵一の涙腺を刺激する。

紳助がある意味横柄に構えていられる理由を少しだけ垣間見た気がする。

紳助は自分と別れる気なんかない。人から何を言われたって気にしないし、関係ないのだ。何があっても恵一と一緒にいることを選んでくれる。紳助はそう言っているのだ。

胸が熱くなって、ちょっと息が詰まりそうだった。意識して深呼吸をして、込み上げてきたものを呑み込む。

好きだと思う気持ちは、嬉しさより苦しさを生む。息をするのも苦しいほど紳助を好きだと想う気持ちは大きい。

以前は知りたくなかったと嘆いたけれど、今は知ることができてよかったと思っている。

置き去りにしてきた色んな気持ちと向き合う勇気をたくさん貰った。紳助が教えてくれた大事なものを、自分から手放してしまうことがないように、今はそれだけに集中すればいいのだ。

何度も間違えそうになるけれど、何度でも紳助は呼び戻してくれる。

「紳助」

「ん?」

「紳助は強いね。」

「惚れるだろ?」

「うん。」

「・・・光栄だよ。」

こういう切り返しをして様になってしまうところも好き。紳助以外にやられたら、興醒めだろう。これは惚れた弱みなんだろうか。

焦った帰り道とは一転、ようやくおおらかな気分になって、恵一は夕飯の支度をする紳助の後ろ姿を飽きる事なく眺め続けた。















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