もっと疲れたような面をしているだろうと思っていたが、建築事務所のアルバイトから帰宅して出迎えてくれた顔は、元気な時の恵一とさほど変わらないように思えた。日中、何か事態が好転するような事でもあったのかと思って尋ねたが、そうではないと言いながら交わされてしまう。
ようやく寝る準備を整えて、先にベッドへ潜り込んでいた彼の隣りに身体を滑り込ませる。すると恵一の方から擦り寄ってきて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「紳助は俺のダメなところ、きっといっぱいわかってるんだよね。」
「ダメなところがいっぱいだとは思わないよ。」
「ウソ。俺、いろんなこと、背伸びし過ぎてる。器用でもないのに、色々手伸ばして・・・。」
自分で自覚はあったのかとホッとしてしまった。そんな自分に少し驚いて、恵一の事を全て抱え込もうとしていて無理を通していたことに気付く。
「でも・・・できる限り頑張ってみたい。大学のことも、モデルの仕事も。あと・・・家族のことも・・・。」
無理をしている自覚があってもなお、これ以上頑張る気でいる恵一が健気に思えて胸が締め付けられる。
「大丈夫だろう、っていう甘えがあったんだ。だから、時間かかってもいいから・・・今度は自分から歩み寄る努力をしてみようかと思って。」
決意を込めた目で恵一がこちらを見上げてくる。その眼差しの中に不安の色がないかどうか必死に探してしまう。
「あとね・・・紳助のことも。」
自分との事を考えてくれるだけで嬉しい。無意識に恵一を強く抱き締めていた。
「俺のこと、見ててね。一人で暴走したりしないように。」
「・・・見てるだけでいいのか?」
「見てて・・・時々こうやって抱き締めて欲しい。大丈夫だよ、って言って支えて欲しい。」
「そんなの、当たり前だろ。」
「紳助は優しいよね。」
「逃げられたくないからな。」
それが本音だ。仕事をすれば、もっと自分より魅力的な人間に山ほど会うだろう。盗られたくない。みっともない足掻きになっても、この手だけは離せない。
「俺が逃げない、って言っても、心配?」
「俺よりいいヤツなんて腐るほどいる。」
「いないよ。」
「・・・じゃあ、まだ大丈夫なんだな。」
「俺・・・信用ないよね。でも何でか、わかったんだ。」
「・・・。」
「紳助の事、好きだって思うだけで、全然言葉とか行動とかで示せてなかったな、って。不安だから逃げて、言いたくなくて、自分を守る事ばっかりで、紳助がどう思ってるかなんて考えたことなかったかもしれない。考えても一瞬なんだ。すぐ自分の事で手一杯になっちゃう。」
恵一の言葉に無性に泣きたくなったけど、涙を堪える代わりに恵一の顔中にキスをして応える。少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに身じろぐ恵一を見て、また泣きそうになりながら。
「紳助・・・ずっと一緒にいたい。」
「もちろん。」
「ずっと見ててね。紳助と並べるように頑張るから。」
確かに恵一は幼いけれど、紳助が格段先を歩いているわけではない。しかし恵一がそう言うなら、もうそれでも構わないと思った。
こいつが思い描く自分を遥かに凌ぐ存在になってしまえばいいではないか。
恵一の身も心も捕らえて離さないでいられるだけの自分。この肩にのし掛かったものは重いけれど、自ら望んで乗った舟を今更降りる気なんてない。
「頑張るのはおまえだけじゃないよ。」
「え?」
「俺も。」
「うん。」
「手、離すなよ。」
「うん。ずっと離さない。」
迷子にならないように子どもへ諭すための約束みたい。何だか少し笑えるけれど、これくらいは好きに免じて許して欲しい。
「紳助」
「ん?」
「ホッとしたら眠くなってきた・・・。」
「もともと寝不足だろ。」
「でも安心したらさ・・・ちょっと、したくなる、ね。」
「するか?」
「うん。」
ベッドのサイドテーブルに手を伸ばしてスマートフォンの電源を切る。恵一の分も彼に投げて寄越して切らせた。恵一は可笑しそうに笑うけれど、正直こっちは笑えない。
「ごめん。根に持ってる?」
「別に。」
「ウソ。気にしてるって顔に書いてある。」
これ以上居た堪れなくなるのを阻止すべく、可愛くない口を塞ぐ。すると、恵一は嬉しそうにこちらの頭を手で抱え、紳助の唇を受け止めた。
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朝霧とおる