心が何度冷えても、紳助といると温まる。けれどこんな事を何度も繰り返しているうちに紳助の心が離れてしまったらと思うと、どんなに穏やかな今があっても安心には程遠い。ただ、前より少しだけ心の折り合いを付ける事ができるようになって、紳助との関係を不安に思って泣きたいほど胸が締め付けられることは不思議となくなった。
今朝、紳助と大学の図書館前で別れた時、彼は心配そうにしていた。申し訳ない気持ちより、嬉しい気持ちが勝った。紳助の心を独占しているような感覚が、自分をホッとさせたのだ。自然に笑って手を振ったら、紳助がようやく肩の力を抜いたように見えた。
昨日は自分が狼狽え過ぎていて気付かなかったけれど、紳助に緊張を強いていたんだとようやく悟る。飄々としていたように見えていたのだが、紳助も困惑していたのかもしれない。
紳助だってロボットではなくて生身の人間だし、心が揺れ動くことくらいある、という当たり前の事に気付く。そう考えると、今までの自分は彼に寄り掛かり過ぎていたかもしれない。自分の存在が紳助を疲弊させていたとしたら悲しい。
少なくとも、不安だから寄り掛かるのではなく、好きだから頼りにする、ぐらいに留めたい。他人から見れば言葉尻を変えただけだと言われそうだが、恵一自身からしてみればそれなりに境界線がある。
紳助は特別。他の人とは違う。最初はそれだけでも良いから、ちゃんと紳助に伝わるようにしよう。
不安が口から溢れそうになってしまったら、代わりに好きだと伝える。確かほんの少し前にそう決めたはずだ。忘れかけていた心にもう一度誓って、深呼吸をする。
睡眠時間が物理的に足りていなくて、残念ながら講義に身が入らない。仕事の疲れからはまだ完全には解放されていない。それでも必死に心の靄を誤魔化すようにノートだけはしっかり取って教室を出た。
急ぎ足で食堂に向かったのは、そうしなければ紳助とすれ違って会えないから。しかし急ぎ足も虚しく、食堂には紳助の姿がなかった。
「恵一」
代わりに目の前で手を振る歩に手を挙げ返す。
「ごめんね、紳助さんじゃなくて。」
「ッ・・・そんなこと・・・」
「あるでしょ? 俺の顔見て、だいぶ残念そうだったよ。」
一瞬揶揄われていると気構えたけれど、歩が意味深な視線を寄越したので、元気がないことは筒抜けなのかもしれない。歩はそれ以上言葉を噤む。恵一も彼に倣って黙って隣りの席に腰を下ろした。
「恵一ってさ、結構好きな人にはべったりでしょ?」
「・・・。」
「俺ね、自分がそうだから。恵一を見て、自分も気を付けなきゃなぁ、って思ってる。人のふり見て我がふり直せじゃないけどさ。別に恵一の事、貶してるわけじゃないよ? ただ一つだけアドバイス。」
「・・・うん。」
「あっちも人間だから。」
「・・・。」
曖昧に頷くと、歩が苦笑する。
「俺の付き合ってる人も年上なんだ。たった一つ違いだけど・・・でも出会った時はね、凄く大人だと思ってた。周りの子たちより落ち着いてたし、色々知識もあったし。だけどね・・・。」
歩は一度言葉を切り、懐かしむような目で少し遠くを眺めた後、恵一の元へ視線を戻した。
「傷付けてた。」
「・・・。」
「こちらが思うよりずっと、嫌な思いをさせてた。」
「そう・・・なん、だ・・・。」
「恵一」
「うん。」
「紳助さんが恵一を大切にしてくれてるのと同じくらい、恵一も紳助さんに返してあげて。」
「・・・うん。」
「一方通行は辛い。でも通じ合ってれば、辛い事があっても、乗り越えていけるよ。一人だと苦しくても、二人なら心強いって思える事はたくさんあるだろ?」
「そっか・・・。」
「そうだよ。」
しんみりと二人で話していたら、放送の鐘がなる。時間オーバーだと急に慌ただしく去っていった歩の姿を見送る。けれど恵一の心には小さな明かりが灯って、もう食堂へ入ってきた時の鬱々とした気持ちは消えていた。
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朝霧とおる