紳助に幻滅されたくない。仕事に対する情熱より、その気持ちの方が強くて、自分で自分に呆れる。
紳助の腕の中に帰ったら、その気持ちが唐突に溢れ出てきて、自分で愕然としたくらいなのだ。
人生の選択のたびに紳助の事が頭から離れないなら、自分のした選択に胸を張れなくなる。
離れたくなくて、自分を好きでいて欲しくて、その事から逃れられない自分が嫌で堪らなくなった。紳助のいない世界が考えられなくて、彼がそばにいないだけで不安になる。
いつかくる終わりは、自分をどんな人間にするのだろう。抜け殻になって、朽ちていくだけの存在になってしまう。
両親の愛を信じていない。だから自分も愛など信じないと決めていたのに、自分はまんまとその誘惑に嵌って、紳助の腕の中にいる。
悲しいのか悔しいのか、それすらよくわからない。この一ヶ月十分な睡眠をとらなかった所為で、頭がおかしくなっただけだろうか。
カーテンの隙間から強い明かりが漏れている。まだ目覚めない紳助の腕の中で途方に暮れて泣いていると、先ほどまで確かに寝ていた筈の紳助が急に強く抱き締めてきた。
身動きが取れないほど抱き締められて紳助が身体の向きを変えたので、彼の上に覆い被さるかたちになる。
「恵一。頼むから、一人で泣くなよ。」
「ッ・・・。」
紳助の優しく諭すような声に、溢れていた涙が自然と引いていく。
「一人で抱え込んだら、俺の立場がなくなるだろ?」
「・・・。」
抱え込んでなどいない、とは言えなかった。証が欲しい。紳助の気持ちが自分のもとにある証が。
「そんなに怖い?」
「ッ・・・」
好きだから怖い。こんなにも溺れて、突き放されたら立ち直れる気なんかしない。けれど信じていない、というのも何かが違う。そうではないのだ。
わからなくて、でも嫌われたくなくて、紳助の胸に額を押し付けて、また溢れてきてしまった涙を拭うことすらせず泣いた。
「恵一」
「ッ・・・ッく・・・」
「おまえはずっと俺のもの。絶対離してなんかやらないから。」
紳助にここまで言わせて、それでも安心できない自分は、どこかに欠陥でもあるのだろうか。
「毎朝一緒に起きて、飯食って、風呂入って、一緒に寝る。おまえがデザイナーになろうがモデルになろうが、戻ってくる場所はここだ。」
「・・・ずっと?」
「ずっとだよ。だから・・・」
紳助が愛おしそうに見てくれる、この瞳が好き。毎日不安になる。この眼差しがいつ彼の瞳から消えるだろうかと。
「怖いなら言え。」
「・・・。」
「毎日怖いなら、毎日だ。」
簡単に言わないで欲しい。毎日不安を訴えたら、きっとそれこそ紳助は呆れてしまうだろう。
「我儘言え。俺がうんざりするくらい言ってみろ。」
「・・・絶対、俺のこと嫌いになる。」
「バカで可愛い恋人だって思うだけだよ。」
「バカ・・・。」
「おまえの事、縛り付けて家から出したくないくらい好きなのに、わかってないなんてバカだろ?」
紳助の言う通り、彼を論破しようとしていた自分はやっぱりバカなんだろう。涙は止まらなかったけど、今度の涙には嬉しさも入り混じっていた。
紳助のお眼鏡叶う自分でいたくて仕事を引き受けたことは否定できない。けれど確かにこの仕事で得たものはたくさんあって、視野が広がったという意味では駆け抜けた意義はあった。
紳助は酷い。愛を恐れる自分に、どうして人の温もりを教えたりしたんだろう。知りたくなかった。けれど知った自分は紳助のそばにいられる限りは幸せなのだ。どうしても期間限定の幸福な気がして、幸せな気分の後に不安が押し寄せる。もうこればかりはどうしようもなかった。
「紳助」
「うん?」
「好き・・・」
不安だと言う代わりに、好きだと言おう。彼を失う事に恐怖をおぼえるたびに、呪文のように唱えればいい。不安だと口にされるより、きっと紳助だって気分は悪くないと思う。
「紳助、好き。」
「わかってる。」
「ッ!!」
急に視界が反転して、あっという間に組み敷かれる。
「何日抱いてないと思ってるんだよ。」
「紳助・・・」
「今日は無理って言われても止めねぇぞ。」
「ッ・・・いいよ。」
「いっぱい啼け。」
「・・・変態。」
悪態をついたって、求めてくれるなら、何だって嬉しい。現金な自分に呆れるけれど、紳助の仕掛けてきたキスに、思考はすぐに阻まれる。
「恵一」
「ッ・・・ふ・・・んッ・・・」
「好きだよ。」
応えかけた口は、すぐに紳助の唇に塞がれる。久々に味わう濃厚なキスは、恵一の全身をあっという間に熱で包み込んだ。
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朝霧とおる