今朝出掛けるまでの精悍な顔付きはどこへやら、恵一のぐったりした表情を見て、事態は自分が思っていたより深刻だったなと苦笑する。
疲弊してマイナス思考になっている恵一の心情が手に取るようにわかる。本人に自覚はないだろうが、紳助からしてみれば、それほどまでに今の恵一は疲れて隙だらけだった。よくぞ無事に帰ってきたと感心し、彼が帰ってくるまで睡魔と闘って待っていた自分の判断が正しかったことを悟る。
「恵一」
「・・・。」
いつものぶっきらぼうな、ただいま、という一言が恵一の口から発されることはなかった。ただ呆然と紳助を見上げて途方に暮れている。
全力で走って、もぬけの殻。そういう事なんだろう。
「恵一、おいで。風呂入ろう。」
手を引くと黙ってついてくる。心配そうな目で見てくるのが可哀想で、抱き寄せてシャワールームへ連れ込んだ。
以前、二人で参加した飲み会で同じように抱き寄せたら抵抗した。纏わり付く慣れない臭いを嫌がったからだ。
しかし今日は抵抗を示さない。身を寄せてシャツのボタンを取り払っていく紳助の手を眺めている。
恵一は撮影を楽しんでいたはずだ。あれほどに高揚して意気込む彼は初めて見た。
けれどこの様子はどういうことだろう。
誤算だった。未知の世界への好奇心に満ち溢れていたと思っていたのに。
恵一にこの道を示したのは自分だ。彼にとってモデルの世界が紳助の心を繋ぎ止めるための道具になっているのだとしたら、そんな残酷なことはない。
彼の一生懸命さが、自分に捨てられないためだけの涙と汗だとしたら。そこまで考えて、愛おしくて堪らなくなった。歪んだ愛情だと思われても良い。そこまで必死な恵一が可愛くて仕方ない。
「恵一」
「・・・。」
「お疲れ。」
たった一言そう言うだけで、安堵の表情を浮かべて寄りかかってきた恵一を、躊躇うことなく抱き締める。
「疲れてるんだろ? 寝ても良いよ。運んでやる。」
「ううん・・・」
首を横へ振りながら、見つめ返してきた瞳は眠気を纏っている。身体へ寄り掛かる重みが増すまで、さほど時間はかからなかった。
* * *
「・・・す、け・・・」
シャワールームでうとうととしていた恵一をベッドへ下ろすと、離すまいとしがみ付いてくる。半分夢の中なのだろう。いつもの彼ならこんな事はしない。
「恵一、大丈夫。どこにも行かないよ。」
掴まれたままの袖ごと、紳助もベッドの中へと身体を滑らせる。
幾度か大丈夫だと諭して、掴んで離さない手を解そうとしたが、聞き入れてはもらえなかった。よほど信用がないのだろう。
「おまえのこと、離したりしないよ。」
「・・・そ・・・」
「うん?」
「う、そ・・・ウソ、つき・・・」
嘘吐き呼ばわりされる憶えはないのだが、寝惚けた彼の本音は聞き捨てならない。
恵一は永遠の愛など信じていない。それは時々彼からふと感じ取れる。
「きっと・・・」
悲痛な声で訴える恵一。宥めるように頭を撫でる。恵一の言いかけた言葉の続きが聞きたかったが、残念ながら恵一の意識は夢の中へ落ちていってしまった。
恵一との恋は、この先もずっと根競べなのか。信じてもらえるようになるのが先か、どちらかの心が離れていくのが先か。自分の忍耐力が試されている、というわけだ。
負けるつもりなんかない。負ける戦はしない。この手に欲しいものは絶対に手に入れる。恵一の心が欲しい。それは最初から全く揺らいでなどいない。
「ん・・・」
恵一が身じろぎながら、紳助の腕の中で収まりの良い場所を探している。安堵の溜息をついて収まった彼の邪魔をしないように紳助も寝る体勢に入る。
こんな無防備な寝顔を晒しておいて、信用していないと言い張る恵一の心。厄介な恋人の寝顔をじっくり堪能して、紳助はようやく眠りについた。
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朝霧とおる