飲めないのに行っても仕方ないだろうと思っていたが、付き合いだと諭されて連れ出された。
映画関係者との飲み会はアルコールとコロンの香りが入り混じる空間。飲み会は先の合コンで懲りている。良い思い出が全くないだけに、早く帰りたい気持ちでいっぱいになった。
芝居の仕事は初めてのことだらけで、とにかく夢中だった。大変なのが当たり前で、駆け抜けていた高揚感から抜け出せずにいたが、それもこの飲み会が始まるまでだった。飲み会が始まってから、急に熱していたものが冷めてしまう。これでは大学の課題に支障が出る。課題の方は今まさにクライマックスにさしかかっているというのに。
「保坂くん、疲れてる? そうだよねー。映画、どうだった?」
「わからない事ばかりでしたけど、きっと皆さんがカタチにして下さってると思うので・・・」
「謙虚だなぁ。」
紳助に肩を抱かれたら幸せな気分に浸れるのに、残念ながら今自分の肩を抱くのはどこかのスポンサー。酔った状態でこちらへ乱入してきたので、自己紹介すらないし、周りは勝手知ったる雰囲気で恵一一人が取り残されている状態だった。
肩を抱かれるのが気持ち悪いとは言えず、かと言って未成年で酒を口にして気を紛らわせるなんていう所業にも出られないから、途方に暮れていた。
「ちょっとぉ、斉田さん、抜け駆けダメェー。」
そうか、自分の肩を抱くこの人の名は斉田というのか、と疲れた頭でインプットする。
恵一を挟んで反対側にメイクの草加が陣取って、ベロベロに酔っ払った状態で、こちらも恵一の肩を抱いてきた。
草加は毎日顔を合わせて世話になったし、彼の仕事はとても繊細で、気遣いも一流。そんな彼もお酒が入ればこうなるのか、と若干気が遠くなる。酔いもほどよく回ってハイテンションな大人たちに挟まれて、疲労もピークに達してきていた。
紳助の香りを胸いっぱいに吸い込んで、優しく抱かれて眠りたい。もうその欲求で頭がいっぱいだ。
そんな気持ちを見透かすようにスマートフォンのバイブレーションが胸元のポケットで鳴る。隣りに座る草加にちょっと急用かも、なんて言い訳をして席を立つ。廊下で開いたスマートフォンには、やはり紳助からのメッセージが入っていた。
『お疲れ。絶対飲むなよ。』
端的で紳助らしいメッセージ。けれどこの短い言葉の中に、彼の気遣いと独占欲を読み取れるから、それだけで気分が浮上する自分は、心ごと紳助のものだ。
マネージャーのゴーサインが出るまで抜けられない。ならせめて紳助の声を聞きたくて、紳助に電話を掛ける。紳助は恵一が電話を掛けてくることをわかっていたのだろうか。たったワンコールで電話越しに紳助が自分の名を呼んだ。
『恵一。大丈夫なのか、そっちは。』
「うん。」
『撮影は無事終わったのか?』
「うん。」
『さっきから、うん、しか言ってないぞ、おまえ。疲れてるだろ?』
「・・・う、ん・・・」
『どんなに遅くても待っててやるから、打ち上げ終わったら、真っ直ぐ帰ってこいよ。』
紳助の声を聞いて、こんなホッとするだなんて。嬉しさが振り切れたのか、涙まで浮かんできて、声が思うように出ない。
緊張していた。この一ヶ月、ずっとだ。それが紳助の言葉によって緊張の糸が解かれていく。
さすがに誰かにこの涙は見られたくない。御手洗いに駆け込んで個室に閉じ籠り、紳助の名を電話口で呼ぶ。
「紳助」
『ん?』
「なんか、ぐちゃぐちゃ・・・」
『大学の課題、締め切り迫ってるからお暇します、とでも言って抜ければ?』
「ッ・・・ッ・・・」
『恵一、帰っておいで。』
「う、ん・・・」
『おまえ、今どこいんの?』
「・・・六本木。」
『危ねぇとこにいんのな。一人で帰るなよ。マネージャーと一緒にな?』
「うん。帰る。」
こんなに自分は脆かったっけ。紳助の声を聞いてホッとして、脱力して泣き出してしまうような貧弱な精神しか持っていなかったことが少しショックだった。
しかし紳助の宥めるような声はこんな自分を否定したりはしなかった。ただ、帰ってこいと言っただけだ。
今は激しい愛ではなく、包み込むような優しさが欲しい。空っぽの心を穏やかに潤してくれる優しさだ。
けれどそんな状態になってすら思う。自分から手を伸ばすのは怖い。そう思う気持ちが時々胸を蝕む。
いつか捨てられたら、きっと立ち直れない。だから与えられる時をじっと待って、紳助の意思に任せているだけなのだ。
自分は狡い。とても狡い。
切れてしまった通話。スマートフォンの画面はとっくに暗転している。それが妙に物悲しく思えてしまった。
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いつも閲覧いただきまして、ありがとうございます!!
ようやく話数が定まったので、お知らせに参りました。
全58話でお送りいたします。
その後、「隣り」番外編、「この手を取るなら」番外編(短編)でいきたいと思いますので、
よろしくお願いいたします!!
三日月が来てくれたのですが、検非違使と戦わせた所為でただいま瀕死。
お手入れしてきます。
おじいさん、あんまりいじめちゃダメですね(笑)
それでは、また!
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朝霧とおる