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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら28

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この手を取るなら28

紳助はモテる。だから色目を使われているのを見るのは日常茶飯事で、それにいちいち反応していたら神経がすり減ってしまう。だからと言って心穏やかでいられるかというと別の問題だ。ましてや、こんな橋渡しみたいな事を頼まれた日には尚更だった。

「合コンね。で、おまえは行くって言ったのか?」

紳助を誘うように頼まれただけでなく、恵一自身も誘われていた。

「予定確認するから、また後で返事するって言った・・・。」

「相変わらずお人好しだな、おまえ。すぐに断われよ。」

「紳助の分まで俺が断るわけにいかないし。」

呆れているかもと紳助の顔を窺い見ると、思いのほか楽しいものでも見るような目で恵一を眺めていた。

「たまには行くか。」

断ると思っていた。というより、断ってくれる事を自分は期待していたのだ。そんな事に気付いて、胸が騒つく。

紳助は自分と違って社交的だ。紳助一人に手一杯になっている自分とは違う。彼の器用さに寂しさを覚え、独占欲がふつふつと湧き上がってくる。本音を言うと、紳助が自分以外の誰かと楽しそうにしているのを見たくない。

「おまえは?」

来てもいいし、来なくてもいい。突き放された気がして悲しくなる。紳助はそんなつもりはないだろうけれど、そんな風に彼の気持ちを歪めて考えてしまう自分にも嫌気が差した。

「俺も行く。」

「勧められても、酒は飲むなよ。」

「うん・・・。」

紳助の言葉に頷きながらも、少しくらい酔わなきゃやってられないとも思ってしまう。

けれど以前飲んだ時、紳助に物凄く迷惑をかけた。それがきっかけでこういう関係になったとはいえ、さすがに気分が悪くなるのは避けたい。

反抗的な気持ちが湧きつつも、結局紳助の言葉に自分は従うのだろうなと思う。この身体と心は、もう疑いようもなく紳助のものだ。

そんな自分が、今日に限っては悲しくなる。いつも胸を熱くさせるはずの気持ちが、こんな些細な合コンごときに萎んでしまうのが何だか悔しい。誘ってきた女の子が心底恨めしくなってしまう。

「何時から?」

「夜の八時から。」

「そう。じゃあ、一旦家には帰るか。」

「・・・そう、だね。」

浮かない気持ちで頷く。午後の講義は大好きな日本美術史なのに、このままでは上の空になってしまいそうだ。

「あ、おまえ。」

紳助の定食から唐揚げを抜き取って、さっさと口へ運ぶ。自分でも幼稚な意趣返しだと思いながらも、そうやって何とか気を紛らわせた。
 * * *
タバコ、アルコール、オーデコロン。色んな臭いが充満していて、正直あまり良い気分にはなれない。そもそも乗り気ではなかったから、囲まれている紳助を遠巻きに見るたびに余計にやりきれない気持ちが増してくる。

紳助は俺のものなのに。何でそんな馴れ馴れしく触るの? そんな胸の開いた格好で色目を使わないでほしい。

そんな怒りも何度湧き出したことか。周りは楽しそうなのに恵一の気持ちどんどん沈んでいく。

紳助の隣りにいる女が、先ほどからずっと紳助にベッタリだ。見ているとイライラが増すだけなのに、気になって見てしまう。

「保坂くん、モデルの仕事、もっとしないの?」

「え? あ、あぁ・・・。まぁ、学生が本業だし。」

「ポスター、いきなりだったんだもん。ビックリしちゃった。」

「そう、かな?」

「そうだよ。」

「ホント、ホントぉ。」

モデルの仕事は確かに楽しかったけれど、たった一つ仕事をしただけだ。夏になったら別の仕事も控えているらしいが、正直世間に晒された実感はあまりない。雑誌を何冊かマネージャーの岡前から受け取ったに過ぎず、テレビのワイドショーも見ていなかった。

「あんまり、自分ではピンときてなくて・・・。」

「すっごい綺麗だったよ! ちょっと、普通の女の子じゃ太刀打ちできないくらい。妬けるよねぇ。肌も綺麗だし。」

「そうそう。友だちに保坂くんのファンがいてね、今度また合コンやるから、絶対来て! ね!」

念押しされても困ってしまう。今日ですら本心は来るのを渋っていたのに、また行くのかと思うと気が滅入る。

「まぁ・・・都合が合えば・・・。」

強引に来られると断れないこの性格をどうにかしたい。紳助のように軽くあしらう事ができればこんな気苦労はしないのに、と心の中で項垂れる。

「よぉ。こっちはどう? 盛り上がってる?」

「三島先輩! こっちで一緒に飲みましょうよぉ。」

紳助がいつの間にか背後にいて、肩を抱いてくる。一瞬ドキリとしたが、友人関係の距離として、これならあり得るかな、と何とか冷静になろうとする。

「残念。俺ら、ここでちょっと抜けるわ。次が控えてて。」

「えぇー! そうなんですかぁ。」

「悪いね。ほら、恵一。行こうぜ。」

次なんてない。そんな約束をした覚えはなかったから、紳助なりに何か思うことがあってこういう行動に至ったのだろう。

訳もわからないまま立たされて、飲み始めてたった一時間で店を抜けた。ヒラヒラと手を振り、適当にあしらって抜け出す人捌きは見事だな、なんて他人事のように感心してしまった。

何故抜けるだなんて言い出したのだろう。真っ直ぐ前だけ見て歩いていく紳助の横顔を盗み見る。すると恵一の視線に気付いた紳助が呆れた風に苦笑してきた。

「抜けたかったんだろ?」

「ッ・・・」

「そもそも来るのも嫌だった。違うか?」

やはりバレていたのかと本来ならガッカリするところだろうけれど、こちらの気持ちに鋭い彼が嬉しかった。

「ごめん、紳助・・・。」

「イヤな事は嫌だって言えよ。」

「うん。」

「恋人なんだろ?」

「・・・うん。」

こんな人前で、と思って周囲の気配を忙しなく探ってしまう。しかしサラリーマンの多い繁華街で学生二人組に興味を示しているような輩はいなかった。

「対等のはずだろ?」

「そう・・・かな・・・。」

紳助と自分が対等とは正直思えない自分がいる。格好良くて、人を引っ張っていけるリーダーシップがあって、器用に何でもこなしてしまうこの男が、果たして何の取り柄もない自分と対等だろうか。

自信がない。そしてこの関係には確固たる保証がない。自分は不安だったのだとはっきり自覚する。

「困ったやつだな、おまえ。」

紳助が耳元でそっと囁いて、穏やかな笑みを浮かべてくる。

「おいで。帰ろう。」

「・・・うん。」

人混みの中、普通の恋人のように手は繋いで歩けない。けれど疲れた自分と並び、紳助が歩みを合わせてくれているという事実が、恵一のささくれ立っていた心を少し解してくれた。















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