苦手なボディタッチに辟易しつつ、アルコールとタバコの臭いにも眩暈がしていた。
「ケイ。これから一緒に抜けない?」
「ごめん。これから岡前さんと打ち合わせがあるし、明日も朝が早いんだ。」
仕事で息が合うことと、プライベートな部分で性格が合うのとでは全く違うのだなと学んだ。岡前が事前に断り文句を仕込んでおいてくれて助かった。そうでなければ押しの弱い自分は負けてしまいそうだ。
「あなたのマネージャー、って強情ね。こんなに呼んじゃうなんて。私二人で、ってお願いしたのよ?」
「でも皆にお世話になってるし、会えるなら全員にお礼が言いたかったから。」
「ケイは優しいのね。」
そう言いつつ、リリーの言い方には棘がある。彼女はお酒も入っているから、このままだとヒートアップした時にマズイなと思い始めていた。助けを求めるように周りに視線をやっても、岡前も席を立ってしまっていて見当たらない。
落ち着かずソワソワしていると、入り口の方が急に賑やかになった。
「皆、盛り上がってるみたいだね。ケイも呼んでくれて、ありがとう。」
威勢良く入ってきたダニエルにホッと肩を撫で下ろす。すぐ後ろには岡前もついていた。ダニエルを迎えに行っていたのだろう。
早速、恵一の方へ向かってきた彼に手を挙げて、目配せをする。眉を上げて笑顔で応えてきたダニエルを隣りに座らせると、彼が小声で囁いてくる。
「囚われの身なんだね?」
ダニエルは面白そうに笑うが、恵一からしてみれば笑い事ではない。
「リリー、ちょっとケイと仕事の話があるから席を外してもらえるかな?」
「ダニエル、ひどい! 今、ケイと話しているのは私よ?」
「二人はお知り合いですか?」
「一度仕事をしたことがあるね。とても良い仕事をするが、ワガママ娘だ。」
「ワガママなんて言ったことないわ!」
「ケイを誘って、困らせてるだろ?」
「ケイはイヤだなんて言ってない。」
ダニエルとリリーの応酬をしばらく傍観していたが、どうやら年季の入ったダニエルが優勢だ。リリーは渋々席を外して、そこへ滑り込むように岡前が陣取る。
「気の強い子だろ?」
「そう、ですね・・・」
苦笑しながら肯定すると、ダニエルが豪快に笑う。こちらは今でも冷や汗で手が湿っている。
「でも、仕事はしやすかっただろ?」
「はい。」
「彼女は子役時代からこの世界にいるから、人一倍競争心がある。プライベートで君と付き合うには相性が良くないね。」
頷き返すと、また笑われてしまった。
「またこの街へ戻ってくることがあったら、彼女くらいのおてんば娘は軽くあしらえるようになっておかないと。」
「ハードルが高いです・・・」
ダニエルが神妙に頷いて、真剣な面持ちで語りかけてくる。
「君は人付き合いがあんまり得意じゃないね?」
「確かに・・・」
「傷付くことを恐れずに、もっと冒険しなさい。誰かと衝突することを恐れてばかりいると、何も変わらない。」
「冒険・・・」
漠然としていてよくわからないまま、言葉を呑み込もうとする。
「繊細さが君の強みだ。誰かとぶつかって涙することは負けじゃない。君が強く心を揺さぶられている合図だ。心が震えて苦しいなら、きっと君は誰よりも多くの感情を人生の糧に、また進んでいける。」
「泣くことは弱さだと思っていました。」
「それは違う。だってたくさんの気持ちが胸に湧いたろ?」
小さく頷くと、ダニエルが肩を叩いて励ましてくる。
「この世界で君がやっていくために、自分ではない自分を演じるために、それはとても大切なことだ。そうだろ?」
「はい。」
胸が苦しい。こんな言葉を誰かに言って欲しかったんだと思う。そうやって自分のことを肯定してほしかった。
紳助が注いでくれる愛情とはまた違う。人生の先を行く人から貰う言葉は、何の憂いもなく胸に突き刺さった。
ダニエルが信念を持って言ってくれるから迷わず信じきれる。人の先を行くってこういう事なんだろう。ただ腕が良いカメラマンというだけではない何かがある。
「ダニエル、ありがとう。」
「泣き虫だね、君は。これじゃあ、確かに恋人は心配するだろうね。」
紳助を知っているような口振り。涙目で岡前を睨めば、素知らぬ顔でビールをあおっている。口が固いのか軽いのかわからない。
「応援してるよ。また一緒に仕事をしよう。」
差し出された分厚い手を握り返す。彼はこの手で素晴らしい作品を世に送り出しているのだ。自分もいつか、こんな頼りがいのある人間になれるだろうか。
一度溢れかけた涙を手で拭って、時間の許す限り、ダニエルの熱弁に耳を傾けた。
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P.S.
ダニエル師匠のモデルは、大学時代、講義に来てくれたフランスの美大教授です。
なかなかキザなことをかましまくる先生でしたが、フランス人って(私の思い込みかもしれませんが)、小さなことでも、とても素敵な言葉をチョイスしてくる!
そして、いちいちキザ!!(褒めてます。)
最後みんなで手紙を書いて、さよならをしましたが、教授からの返信応援メッセージがまさかの仏語で読めず(笑)、仏語講師のもとへ走ったという、ちょっとうっかり先生で面白かった。
(結局その後、教授は気付いて、もう一度英文で来た・笑)
楽しい思い出です。
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朝霧とおる
1. 無題
今回のお話しで、
繊細さが君の強みだ。誰かとぶつかって涙することは負けじゃない。君が強く心を揺さぶられている合図だ。心が震えて苦しいなら、きっと君は誰よりも多くの感情を人生の糧に、また進んでいける。
という、言葉に本当に胸がふるえました。そうなんだ。そうなんだよね…。ってストンと心に落ちたと言うか。
色々悩んでいた自分に対して、答えを貰えたようで、本当に嬉しくて、お話しに殆ど関係ないコメントをしてしまいました。
ごめんなさい。
お礼を言いたかったのです。
ありがとうございます、少し前より強く自分を好きになれるかもと思います。
これからもお話し、楽しみにしています。
長々と駄文申し訳ありません。
こちらこそ、ありがとうございます!
何か心に残るものが書けたら・・・と、いつも思いながらも、なかなか難しいのが現状です。
けれどこうやってくみ取ってくださる方がいると、下手のもの好きでも書き続けていて良かったなぁ、と感激です。
次作はファンタジーもので、今までと雰囲気もガラリと変えてしまいますが、
またお付き合いいただけたら幸いです!