残業になってホッとするなんて、どこか自分は歪んでいる。
坂口のお誘いは、きっと誰ともつるもうとしない瀬戸を気遣うものでしかないはずなのだ。彼が瀬戸を揶揄ったり貶めたりしたところで、誰も得をしない。必要のない心配をし続けて怯える自分は酷く滑稽だ。しかしどうしても断る正当な理由を探し続けてしまう自分がいる。誰も瀬戸を傷付ける必要はない。何度心に言い聞かせても本心では納得できず、人と深く関わることが怖い。
「雨・・・。」
「本降りになっちゃったね。」
瀬戸の独り言をキャッチして、隣りの川辺が窓の方へ目を向ける。人が少なくなったフロアには窓を打つ雨音がよく響いた。傘を持ってきていないことに気付いたが、駅までは走ればいい。外に干してきた洗濯物は残念だけど、予報を確認していなかった自分が悪い。大した量ではないから洗い直せばいい話だ。
「終わりそう?」
「あと、一時間くらいだと思います。」
「そっか。俺はもうちょっとかかりそう。」
川辺が苦笑いを寄越してくる。二人で静かに息をついてモニターへ向かい始めると、一時間経つのはあっという間だった。
* * *
暗闇から落ちてくる雨粒は大きく勢いも増していた。この調子では駅へ辿り着くまでの間にずぶ濡れになってしまうだろう。走ったところで防ぎようもないので、雨に打たれながらいつも通りのペースで歩き始める。
すれ違う人の多くは傘を差していた。ビル街を行く人は速足で、誰も瀬戸のことに目もくれず通り過ぎていく。
注目してほしくない時、人々の無関心は身体の強張りを解いていく。むしろ安心を抱いて歩いていたから、相当油断していたのだ。
「瀬戸!」
急に走り寄ってきた影が、瀬戸と雨を分断する。
「ッ・・・。」
「おまえ、傘は?」
驚いた眼差しを向けてくる坂口に息を呑む。雨の中にいた時は気にも留めなかった髪を伝う滴が、妙に鬱陶しく感じられた。
「ずぶ濡れじゃん。風邪引くぞ。」
「・・・大丈夫、です。」
「大丈夫じゃないだろ、こんな濡れてて。」
坂口の言葉に詰まっていると、もう一つ影がこちらへ走り寄ってきた。
「あれ? 瀬戸じゃん。っていうか、ずぶ濡れ。」
やってきた宇津井にも坂口と同じことを言われる。先輩二人に捕まって、瀬戸は完全に口を閉じた。
「坂口、家そこなんだから、連れてけば?」
宇津井の言葉にギョッとして一歩下がろうとすると、坂口に腕を掴まれて阻まれる。
「来る? おいでよ。」
「車内、冷房かかってるし。そうしろ、そうしろ。」
名案だとばかりに宇津井が頷き、笑顔を向けてくる二人に戸惑う。しかし掴んだまま腕を離してくれない強引さに、瀬戸も断れない雰囲気だけは感じ取る。
「じゃあ、二人とも、お疲れ。」
この件は片付いたとばかりに手を挙げて去っていこうとする宇津井に、瀬戸は縋りたくなった。坂口と二人きりにしないでくれと、気持ちだけは焦る。しかし助けを求める声は喉元から先には出ず、結局取り残された。
「行こう。その恰好じゃ、どんどん冷える。」
「あの・・・。」
「ね?」
「・・・。」
干しっぱなしの洗濯物が頭をよぎったけれど、瀬戸が混乱している間に坂口は足をどんどん速めていく。
結局何も言えないまま、駅から目と鼻の先にあった坂口の家へ辿り着いてしまった。
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朝霧とおる
1. 無題
Re:無題
宇津井にテコ入れしてもらいながら、ちょっとずつ2人の歯車を回していきたいと思います。
引き続き、見守っていただけたら、嬉しいです!!