「今年は先越されたな。」
睡眠を貪る恋人をベッドに残したまま、進はソファへ腰をかけてチョコレートを一粒手に取る。
「よく見つけたな、あいつ。」
口の中に迎え入れたチョコレートがほろりと溶けていく。平日なのに贅沢な朝だ。カカオの香りと甘さの余韻を楽しんで、箱に蓋をする。
営業だから手土産に詳しいかというと、甲斐はそれほどでもない。進の方がよっぽど詳しいし、食べる方に関しても自分は凝り性だ。
目利きがいいのか、運がいいだけなのか。どちらかというと今回は後者のような気がした。
「ふぁ・・・ん・・・あれ?」
寝室から聞こえてくる間の抜けた無遠慮な甲斐の声。大あくびをし、伸びをする様子までが容易に想像できて笑える。
昨夜弄り倒した所為で、甲斐はソファで舟を漕いでいた。ベッドで目覚めたのが意外だったのか、あるいは進の部屋にいること自体が疑問なのか。進が寝室へ向かうと、不服そうな顔をして甲斐がこちらを睨んできた。
「先に起きちゃうとか・・・。」
隣りに進が寝ておらず、置いていかれたことが気に食わなかったらしい。口を尖らせ、不満を全開にする甲斐の隣りへ腰を下ろし、腕の中に抱擁して口付けをする。
「ッ・・・甘い・・・。」
眉を顰めて抗議の声を上げた甲斐をよそに、舌を挿し入れて彼の口内を暴れ回る。
「んッ・・・ふぅ・・・」
朝には似つかわしくない行為。齧り付きたい衝動は堪えて、どうにかトーンダウンしていく。しかし煽られた方の甲斐は上手く切り替えがきかないようで、膝を擦り合わせて気まずそうにした。
「朝っぱらから、こういう事すんなッ!」
「ちょっとキスしただけだろ。」
不貞腐れたように進の胸に伏せた甲斐を抱き締めると、腹に軽く拳が撃ち込まれる。
「シャツはクリーニング出しとくぞ?」
「ん・・・。」
甲斐の私物が少しずつ増えていくクローゼット。そういうちょっとした変化に幸せを噛み締めている自分がいる。いっそ引っ越して来ればいいのにと思うものの、なかなか口にはできない。甲斐が諸事情を鑑みて否と言うのが目に見えているからだ。わざわざ肩を落とすために自ら失言をする必要はない。
腕の中で甲斐が大人しく収まっていたのは、僅かな時間だった。出勤の準備をする気になったらしい。
残念に思いながらも、甲斐を腕の中から解放する。平日、二人の朝は忙しない。並んで出勤するのも憚られるから、苦く感じる時さえある。それでも甲斐と過ごす時間は何にも代えがたい。だからこれから先も可能な限り甲斐と共にいることを選ぶだろう。
「なぁ!」
「ん?」
勝手知ったる恋人の家。キッチンでパンを齧りながら甲斐が進を呼び止める。
「今日、一緒に出社しよ。」
「ああ。」
「背広、どうすっかなぁ。あッ、ラッキーカラー、青じゃん。」
キッチンから飛び出て来たかと思えば、テレビの占いに感化され、甲斐が上機嫌な様子で紺色の背広をクローゼットから引っ張り出してくる。
「なぁ、これも青だよな?」
「青だろ。」
単純明快な恋人の行動に、進の口元が緩む。甲斐の方から同伴を申し出てくることは珍しい。それだけ甲斐の機嫌が良い証拠だ。
無駄口を叩いて臍を曲げられることがないよう、進は楽しげな恋人に相槌を打ちながら、自らも手早く朝の仕度に励んだ。
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朝霧とおる