「俺、向こうのドラッグストア寄って帰るから。瀬戸、週明けよろしくな。」
「はい。お疲れ様です。」
宇津井の申し出を心の中で拝みながら、さっさと歩いて遠ざかっていく同期を見送る。
「瀬戸」
「・・・外です。」
掴んだ手を振り落とされるとばかり思っていたけれど、瀬戸は小さな声で咎めるだけ。戸惑って泳いだ瞳に免じて、坂口は手を離す。
「うち来てよ、瀬戸。」
「・・・。」
応えることなく瀬戸が歩き出した方向は駅とは反対で、坂口の家へ向かう道だ。
背中を見ているだけで、彼が緊張しているのだとわかる。今夜は隣りに並んで歩くより、瀬戸の強張って少しぎこちない背中を見ていたい気分だった。あえて横へは並ばず、瀬戸の後をついて歩く。
真正面から凝視されるより、背後に視線を感じ続けることの方が居心地は悪い。視線の強さを量ることができず、想像の中で肥大化していくから。
落ち着きのない愛おしい背中を早く抱き締めたくて、坂口の手は疼いていた。
「瀬戸」
「はい・・・。」
「宇津井と何話してた?」
「大した事じゃないです。」
「俺以外の前で無防備な顔してほしくない。」
「してませんッ・・・そんなの、言い掛かりです・・・。」
突き出された食べ物をこれといって逆らうでもなく食べたのは誰だと問いただしたくなる。宇津井が可愛いと称して揶揄ったのも納得がいく。簡単に遊ばれてしまう素直さに、坂口としては頭が痛いところだ。
「瀬戸の好きな人って、俺だって思っていいよね?」
「・・・です。」
「瀬戸?」
「この前言ったじゃないですか・・・。」
「何度だって確かめたいもんなの。」
「俺は一回で十分です。」
「えー・・・。」
拗ねたような口調で答えたからか、瀬戸が立ち止まって振り向く。しかし実際は口元を緩ませて笑っていたので、瀬戸は騙されたとでも言いたげに坂口を一瞥した後、前へ向き直って再び歩き出してしまった。
「好きな子ほど虐めたくなるって本当だよね。」
「小学生みたいな事、言わないでください。」
「諦めてたから、嬉しくて仕方ないんだよ。俺、浮かれてんの。バカな大人の言う事だと思って、付き合って。」
「・・・。」
年甲斐もなくはしゃいでる自分をみっともないとは思わない。今まで真面目に働いてきたご褒美として、これくらい許されても良いと思う。ずっと捨てられずにいた大切な気持ちだから。
「なぁ、瀬戸。」
「はい・・・。」
「俺さ、好きな子とデートしたことないんだ。」
「え・・・。」
「デートしよ。」
ドアの鍵を回して、部屋へ上がるよう瀬戸を促す。ドアにチェーンを掛けたところで瀬戸の背後から抱き付き、彼の耳元で懇願した。
「どっか出掛けて、二人で美味しい物食べて・・・瀬戸が笑ってるとこ見たい。」
「・・・。」
「ちゃんとプラン立てたいから、来週の土曜とかどう?」
「いいですけど・・・。別にどこでもいいですよ。」
「それってさ、遠慮? それとも俺となら、どこでも楽しめるから気にしない、っていう意味?」
背後から瀬戸の顔を覗き見ようとするものの、反対側に顔を逸らすものだから表情まではわからない。しかし染まった耳と首筋が恥ずかしがってのことだと物語っていた。
「瀬戸。もう誰も聞いてないから、ちゃんと教えてよ。」
「・・・い、です。」
「ん?」
「坂口さんとなら、どこだっていいです。別に家だって・・・。」
「家はダメ。エッチばっかりじゃ、情緒ないじゃん。」
「そ、それは坂口さんだけです!」
恋人を揶揄って楽しむなんて趣味が悪いけれど、こうやって真に受けるから、つい揶揄いたくなるのだ。いつまでもこの特権を譲りたくはない。誰も彼の可愛さに気付かなければいいのに、と密かに独占欲は膨れていく。だから先刻、宇津井に抱いた気持ちは嫉妬だ。
デートコースをあれこれ考えて、だらしなく笑みを溢す。咄嗟に瀬戸の首元に顔を押し付けたので、彼が気付いた様子はなかった。
いつもご覧いただきまして、ありがとうございます!!
↓ 応援代わりに押していただけたら励みになります!
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる