大丈夫だと言われても、到底信用できない。けれど突き放すような笑顔に坂口は黙って頷くより他なかった。
「なぁ、瀬戸。」
「・・・はい。」
「今日、何時くらいに上がれそう?」
「・・・。」
放っておくことがどうしてもできなくて食い下がってみる。
「駅前のドラッグストア、夜九時までやってるから、間に合いそうだったら一緒に偵察どう?」
多分この調子でご飯に誘っても、瀬戸は来ない。業務時間外、仕事をダシに瀬戸を連れ出すのは、普段なら良心の呵責に苛まれて決してできないけれど、クロカワという男の存在が坂口を追い立てる。
「多分、八時前には出られると思います。」
「そっか。じゃあ終わったら、こっち来て。」
「はい。」
瀬戸を一人にしてはいけないという義務感を坂口が抱え込むのはおかしい。家族でも恋人でもない自分に、彼の交友関係にとやかく口を出す資格はない。
それでも直感が告げている。瀬戸の様子はおかしい。不自然だと気付いた以上、放ってなんかおけない。
洋食屋からの帰り道、小さな雨粒がポツポツと服を叩いて染みを作っていく。
「雨、降ってきた。急ごう。」
「はい。」
無表情が板についている瀬戸の内面を一つひとつ解き明かしていくうちに、かえって謎は深まっていく。瀬戸のことを知りたい。突き放されるたびに近付きたくなる。この事に瀬戸は気付いているだろうか。どこにこの気持ちが着地するのか、全く先は見えない。しかし逃げられると追い掛けたくなる性分だ。
「瀬戸」
「はい。」
「絶対、飯行く時間、作ってよ。」
「・・・。」
会社の入るビルはもう目の前だ。二人で雨の中を走りながら、上がる息の合間を見計らって、勢いだけで言い切る。
大きな声に驚いたのか、瀬戸が呆然と見上げてくる。その瞳に笑い掛けると、少し呆れたように瀬戸が苦笑する。
「わかりました。」
「絶対だからな。」
「・・・坂口さん。」
「ん?」
ようやく自社ビルの屋内に入って息をつくと、珍しく瀬戸が呼んでくる。
「今日・・・絶対、絶対って言い過ぎです。」
「・・・。」
堪え切れないと言わんばかりに、瀬戸の頬が緩んで笑みがこぼれる。坂口は瀬戸の反応を見逃すまいと、貴重な笑顔を胸に収めた。
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朝霧とおる