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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この雨が通り過ぎるまでに29

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この雨が通り過ぎるまでに29

初めから黒川を疎んでいたわけではない。むしろ彼の印象は良かったくらいで、警戒心の欠片も抱いてはいなかったのだ。

同じ研究室の卒業生だった黒川は、いつも土曜日の午後、頻繁に顔を出しては、研究室の機材で製品のサンプル作りに励んでいた。就職難だった時期、彼が選んだのはデザイナーという道ではなく営業職。事あるごとに趣味だと言っていたが、本音では悔しい気持ちはあっただろう。

引っ込み思案だった瀬戸に目を留めて声を掛けてきたのは黒川の方だった。こちらが無口なのを気にしてか、マメに話し掛けてくるところなんかは坂口と似ている。仕事の愚痴を面白おかしく披露して笑いを誘う黒川の話は、瀬戸の密かな楽しみになっていった。

土曜日に研究室で会うだけだった関係に変化が訪れたのは、三年の終わり。試験やレポートから解放されて、春休みに入る少し前だった。

「瀬戸ちゃんって、恋人とかいる?」

「いませんけど・・・。」

「一人暮らしだっけ?」

「はい。」

家に行きたいと請われて、特に疑問も持たずに招いた記憶がある。二人きりの密室で、人生初の告白をされた。驚きはしたものの、受け止めた気になって口付けを拒まなかったのは自分だ。誰かを一途に想ったことも、求められた経験もなかったから、人を好きになるという意味がわかっていなかった。想像力に欠けていたのだ。

嫌悪感がないからといって、それが恋愛感情とイコールではない事を、自分は黒川とのことで学んだ。しかしそれと引き換えに失ってしまったものは大きくて、黒川を傷付け、変えてしまった。

「いい?」

問われてすぐ頷き返した瀬戸に、黒川は嬉しそうな顔をしていた。瀬戸が受け入れるという意志表示をしたのだから当然だろう。

しかし触れられて抱いた違和感を口にする勇気が、あの時の自分にあったなら。黒川と疎遠になることはあっても、拗れることはなかったかもしれない。身も心も黒川との関係に納得していないまま先に進み続け、受け入れられない事実に気付いた頃には、引き返せないところまで黒川を盛り上げてしまった。

「イヤって何で?」

「怖くて・・・。」

「大丈夫。優しくするよ。」

「ッ・・・。」

あの頃の自分にとって一番怖いことは嫌われることだった。学生生活で唯一自分の存在を認め、真正面から向き合ってくれた人が黒川だった。そんな彼を強く拒むことはできず、初めて身体を繋ぐことへの戸惑いだと勘違いさせてしまった。そして瀬戸の心には恐怖だけが残った。

真実を突きつけたタイミングも今思えば最悪だ。彼が幸せの絶頂に浸っている時、水を差してしまったのだから。恋愛の意味で好きなわけではないと言った自分に、黒川の目には虚しさと怒りの感情が湧いていた。その先、黒川が瀬戸に固執して関係を求め続けたことが正しい行為だとは思わないけれど、間の悪いことばかりで黒川を歪ませた原因の一端は自分にもある。瀬戸の些細な言動の積み重ねが黒川の行為を助長させていたかもしれない。結局一年という歳月を耐えていた自分にも今更ながら歪みを感じざるを得ない。

黒川の行為がエスカレートしたのは卒業間近。たった一度きりだったけれど、ガラの悪い数人に欲望をぶつけられた。就職をきっかけにアパートを引き払う直前のことだ。瀬戸が逃げ出すことを察して、彼の苛立ちはピークに達していたんだろう。

一方的に連絡を絶って、行方をくらませたのはそれから間もなく。黒川との歪な関係は終わりを告げたかに見えた。黒川とのことを忘れた日はなかったけれど、もう二度と会うことはないと油断していた。だから、咄嗟に声も発せないほど、黒川の登場に驚いたのだ。

あの頃の自分を責めたところで現実は変わらない。突然降ってきた黒川の声に、彼との悲劇は終わっていなかったのだと痛感する。

「瀬戸」

途中から味のわからなくなったオムライスはすでにお皿の上から姿を消していた。せっかく坂口が連れ出してくれたのに、申し訳なさでいっぱいになる。

「言える?」

「え・・・?」

「イヤな事はイヤって。」

「・・・。」

一つひとつ湧き上がってきた感情を曖昧にしたりしなければ、黒川とここまで間違うことはなかった。坂口の言葉が痛い。強く突き離さず、拒絶できず、乱暴な彼の手を受け止めることで贖罪している気になっていた。

あんな事になっても黒川に嫌われたくなかったのだ。人と上手く付き合えない孤独を黒川が埋めてくれたことは事実で、彼の言葉に救われ、本心から笑顔を向けていた自分が確かにいたから。楽しかった時間まで失いたくない。

「余計なお世話かもしれないけど、仲が良さそうには見えなかったから。」

終わりにしなければいけない。でも終わらせる方法がわからない。黒川に手を掴まれたら、拒む自信がなかった。

嫌われたくない。あんな事をされた今でもそんな事を思う自分にうんざりする。そして坂口にだけは黒川との事を知られたくないと願っている。理由は同じだ。嫌われたくない。歪んだ感情を抱くこの心を見せたくない。事実を知られたらきっと軽蔑される。

「大丈夫です。ビックリしただけで・・・。」

「・・・。」

説得力のない言い訳をして、黙ってしまった坂口に無理矢理笑ってみせた。









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