好きなのに、上手くいかない。好きだからこそ、気の利いた事が言えなくなる。
しかし沈黙に緊張しているのは、どうやら自分だけらしい。瀬戸は気に留めた様子もなくメニューを見始めて、すぐに顔を上げた。
「決まった?」
「はい。」
オススメのメニューくらい教えてあげれば良かった。決まった後に水を差すのは気が引けて、瀬戸へは頷くだけに留める。
「オムライスのセットで、コーヒーお願いします。」
「俺も同じので。」
「・・・じゃあ、二つ。旨いんだよ、ここのオムライス。」
波長が合っていると錯覚したいくらいには喜びに浸っている。自分が贔屓にしている店で、好んで食べている物を意図せず選んでくれることが嬉しい。今日なら少し強引に深入りしても平気な気がして、単刀直入に好意を伝えてみる。
「俺さ、瀬戸ともっと仲良くなりたい。」
「・・・。」
黙って見上げてきた瀬戸の瞳が揺らぐ。不安げな眼差しの奥に、一体どんな真意が隠されているのだろう。面白みに欠ける奴だと自称していることを思うと、ガッカリされたくないのかもしれない。一線を引いて距離を取ろうとするのは、彼なりの自衛なんだろう。
「坂口さん・・・変わってますよね。」
ポツリとこぼされた言葉に彼の孤独さを感じ取る。必要のない心配に駆られて、委縮していたらもったいない。
「瀬戸は、自分のこと知られたくないな、って思ってる?」
「・・・。」
「俺は知りたいな、瀬戸のこと。どんな学生生活送ってたのかとか。」
「面白くないと思います・・・。」
「平々凡々だった、ってこと?」
「・・・。」
瀬戸の頑なな口は動かない。しかし一瞬テーブルを見つめた目が翳ったので、彼にとって面白くない話なのは事実なんだろう。
出来たてのオムライスが二人の間に滑り込んできて、ふわふわ漂う香りと湯気が瀬戸の警戒心を解いていくように張り詰めた空気を和らげた。
「・・・美味しい、です。」
「だろ?」
トロトロの卵とご飯をスプーンで口へ運んだ途端、瀬戸の目尻が下がる。発する言葉が遠慮がちなのは相変わらずだが、彼の目は素直に美味しいと訴えていた。仕事をしているだけでは見られない顔。瀬戸の緩んだ表情に、坂口は胸を掴まれる。この顔を見られただけでも一緒に来た甲斐はある。
瀬戸にとって、学生時代というワードは地雷だったのかもしれない。過去にどんな事があったとしても、自分が好きなのは、今目の前に座っている瀬戸だ。彼を知りたいという欲求は依然として強くあるけれど、否定したい過去を無理に掘り起こしたいわけではない。ただ近付くためのきっかけや口実が欲しいだけ。
しかし気分が高揚していたのも束の間、知らない男が急に割って入ってくる。
「あれ。もしかして、瀬戸ちゃん?」
「・・・。」
「・・・。」
「あ、やっぱり。」
スプーンを握る手が完全に止まり、瀬戸の纏う空気が強張る。そして呆然とサラリーマン風の男を見つめるだけで、言葉を発することはなかった。
「せーとちゃん。職場、この近く?」
軽快な口調で一方的に話し掛けてくる男と違い、瀬戸から妙な緊張と嫌悪を感じ取る。微かに震え始めた瀬戸の手元を見る限り、彼にとって何か良からぬことが起きているのは明らかだった。
「お知り合いですか?」
嘲笑を隠そうともしない態度に寒気すら感じる。ちゃん付けをして親しさを装う口調も気に食わない。
「ええ。大学で同じ研究室だったんです。な、瀬戸ちゃん。」
男が瀬戸に同意を求めて肩に手を置いて間もなく、店の出口からクロカワと呼ぶ声がして男は反応する。彼の名はクロカワというらしい。
「瀬戸ちゃん、今度遊ぼうよ。じゃあ、またね。」
同じ研究室だと言ったが、そのわりに年齢は坂口と同じくらいか少し上の印象だ。しかし研究室の職員という雰囲気でもない。
「瀬戸、大丈夫か?」
「・・・すみ、ません。」
「困ったら教えて。」
「え・・・。」
「絶対。」
「・・・。」
迷うように揺れた瞳がテーブルへ着地する。再びスプーンを握った手が全てのオムライスを口へ運び終えるまで、瀬戸の目は下を向いて伏せられたままだった。
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朝霧とおる