「瀬戸」
「はい。」
「昼、一緒にどう?」
「俺で、良ければ・・・。」
君とだから行きたいんだ、という主張する必要のない台詞は呑み込む。せっかく頷いてくれたのに、警戒されてしまったらもったいない。
約束は有効だった。彼の目は迷うように一瞬泳いだけれど、了承を得てしまえばこちらのものだ。
「苦手な物とかある?」
「いえ、特には・・・。」
少し困ったように首を傾げた瀬戸だったが、結局彼がそれ以上言葉を発することはなかった。
多分、苦手な物はあるけど言うほどでもないのか、あるいは先輩である坂口に遠慮してのことなのか。恐らくは後者の方だろう。瀬戸の多くは謎に包まれていてわからないけれど、それくらいは察しがつく。
「じゃあさ、洋食と蕎麦なら、どっちがいい?」
「・・・坂口さんは?」
遠慮がちに尋ねてきた瀬戸に努めて朗らかに微笑み返す。
「俺はどっちも好き。」
本当にどちらでも構わない。一緒に行くことのハードルを下げて、あわよくば次に繋げたい。だから必要以上に気を遣わなければならない先輩だという認識をされたくなかった。
「洋食屋で。」
即答だったので、恐らく蕎麦は苦手なんだろう。瀬戸へ頷くと、僅かな変化ではあったがホッとしたような表情になる。
「すぐ出られる?」
「はい。」
「じゃあ、廊下で待ち合わせ。」
頷きながら、瀬戸の目は坂口を捕えたままだ。ジッと見つめられる理由に憶えがないので、内心狼狽える。
「・・・瀬戸?」
「はい。」
つい声に出して名を呼んでしまい、取り繕うにもそれらしい言葉が咄嗟には思いつかない。
「あー・・・あの、さ。仕事の区切りが良い時にでも、飲みに行かない?」
昼食に誘ったばかりだというのに次の約束まで捥ぎ取ろうとする、せっかちな内なる欲求。今さら焦っても遅い。意味もなく指でペン回しをしてしまうくらいには冷静さを失っている。
「・・・俺で、良ければ・・・。」
驚いたように見開かれた瀬戸の瞳は暫く坂口を凝視して、意外にも彼は頷き返してくる。
今日は珍しいことばかり。自分から誘っておいてなんだが、展開についていけずに唖然とする。
「・・・コレ片付けて、出ようか。」
「はい。」
痛いくらいの視線を浴びて、鼓動が忙しない。どういう心境の変化だろうと、瀬戸の言動を不思議に思いながら、坂口は初めて瀬戸と並んでフロアまで戻った。
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朝霧とおる