坂口は優しい。だから錯覚してしまう。彼の一番親しい人間が自分であるはずはないのに、すべてを許された気になってしまう。こんな事だから黒川との距離も間違えてしまうのだ。
モニターを見つめて作業を進め、昼に遭遇した衝撃から立ち直り始めると、成長のない自分を嘆くことしかできない。
「瀬戸、どんな感じ?」
「増量キャンペーンのシール始めたところです。」
「いっぱい振っちゃってゴメンね。」
「いえ・・・。川辺さん、今日も残業になりそうですか?」
「多分。でも今日は八時前には上がろうかな。」
「そう、ですか・・・。」
自分で自分の気持ちがわからない。川辺の残業に期待したのは、手伝いを口実に坂口の誘いを断ろうと思ったからだ。一方で、川辺の意外に早い帰宅を知って、逃げる口実を失ったことに安堵している。
構ってもらえることが嬉しい。その気持ちを認めたら、また間違う気がして怖い。坂口を意識する気持ちは繰り返し湧き上がって止まらない。あやふやな想いは悲劇を呼ぶと過去に学んだはず。しかし終わっていない過ちは教訓にならないらしい。
「今日のお昼、坂口さんと出てた?」
「はい・・・。」
「珍しいね。」
「誘われて・・・。」
川辺が嬉しそうに微笑んでくる理由がわからなくて戸惑う。困って首を傾げると、川辺は笑ったまま首を横へ振った。
「坂口さんって、瀬戸のこと好きだよね。」
「え・・・?」
「構いたくてしょうがない、ってオーラ出してる。」
「・・・。」
今の自分には川辺の言葉が胸に刺さる。これ以上勘違いする要因を増やさないでほしいと、妙な焦りもあった。
「一人の方がラクな気持ちは俺もわかるけど、たまには人と食べるのも楽しいよ?」
「・・・はい。」
「その方が坂口さんも喜ぶと思う。瀬戸、真面目だし一所懸命だから可愛くて仕方ないんだよ。面倒見るの、好きな人だから。」
「・・・。」
頷くこともできずに硬直する。しかし川辺は相変わらず微笑んだままだ。瀬戸に話して聞かせたことは本心から出た言葉なんだろう。
期待に胸が膨らんで、そんな自分に再び戸惑う。気持ちを取り違えて、過ちを繰り返したくはない。しかし好かれていたいという想いは大きくなっていく一方なのだ。友情も恋情も自分は知らない。境目がわからないのは致命的な欠点だ。
「もうひと頑張りだね。」
川辺がフロアの時計を見上げて息をつく。彼は伸びをした後、肩を竦めてみせて、すぐモニターへ視線を戻した。
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朝霧とおる