川辺から借りた資料を読み漁り、何とか形にして、ローションのパッケージデザインを上げた翌日。昼前に受けた結果報告は良好だったが、坂口との打ち合わせは明日に持ち越しとなってしまった。
「川辺さん。無事、あの案で進めることになりました。資料、ありがとうございます。」
「良かったね。資料、残しておいて正解。」
「はい。ホント、助かりました。」
手応えを掴めた勢いで先へ進めたかったので、正直、悶々としている。この手の案件に詳しいはずの彼に教えを乞い、すぐにでも修正作業へ入れればベストだったのだ。しかし互いの都合が合わないのは日常茶飯事だから、逐一こんな事で落ち込んではいられない。
先日あった飲み会の翌日を境に、どうにも坂口の態度が変わった気がしてならないのだ。よそよそしく、押しの強さも急速に失せた印象がある。そして坂口の変化に、何故だかわからないが悲しく思う自分がいる。
瀬戸の前で怒りはしなかったけれど、飲み会の一件で面倒なやつだと思われたのかもしれない。それは単なる瀬戸の推察に過ぎなかったが、自分でも妙に納得がいって、胸が苦しくなっているのも事実なのだ。
自分から近付くのは怖いくせに、嫌われたくない。凄く勝手な考えだし、一方的に無償の優しさを強要しているようなものだ。それでも坂口に邪険にされたら、泣けてしまうくらいには傷付くだろう。坂口の言動が怖い。好かれている自信はないのに、好かれたいと思ってしまうからつらいのだと薄々自分でも気付き始めている。
いつかご飯を食べようと言ってくれたが、まだあの約束は有効だろうか。ぼんやりモニターを見つめながらそんな事ばかり考えてしまって作業が進まない。もう諦めて昼食を取ろうと、瀬戸は席から立ち上がる。
「あれ、お昼?」
「はい。少し早いですけど・・・。」
「大丈夫だよ。だって作業順調でしょ。いってらっしゃい。」
「行ってきます。」
川辺の言葉に後押しされて、小さく頷く。好きな物でも食べて気分転換をし、午後までには頭を切り替えようと決めて、席を離れた。
* * *
昼休みを終えて自分のデスクへ戻ってくると、川辺の字でメモが残されていた。
「宇津井さん、何の用だろう・・・。」
瀬戸宛ての電話は離席してすぐに掛かってきたものらしかった。休憩中だったら申し訳ないと思いつつ彼の携帯に電話を折り返す。
『企画? どちらさん?』
「瀬戸です。お疲れ様です。」
『お、丁度いい。あのさ、今から一時間半くらい時間作れない?』
「今からですか・・・。確認しますね。」
急ぎの案件は抱えていないが、午前中に捗らなかった仕事の事を考えて、瀬戸は電話越しに悩む。スケジュールを確認する限り、一時間半捻出しても、さほど危険ではなさそうだった。無謀な時間ではないなと納得して、元あった予定を調整することに決めた。
「伸びても二時間以内には終わりますか?」
『それは心配しなくて平気。営業中の店舗だから、長居すると逆に追い出されるパターン。』
電話の向こうで宇津井が快活な声で笑う。店舗巡りをするなら昼食後の睡魔を気にしなくていい。一時間半の外出なら疲労を蓄積することもなく帰ってこられるだろう。
「どこですか?」
『昨日投げてくれたローションのデザイン、ドラッグストアの売り場行って、他の商品とのバランス見てもらおうかな、って思ってさ。あと、出来上がった洗剤のシールってもう見た?』
「いえ。」
『せっかくだから完成品も拝んでこよう。』
「わかりました。」
『じゃあ、すぐ迎えに行くから。』
「はい。」
通話を切って、いそいそと外出の仕度を始める。待っている間にスマホで天気予報を確認すると、午後は雨マークだった。
「どうしよう・・・。」
濡れて帰ることは瀬戸にとって一大事ではないが、ずぶ濡れで坂口に連行された日のことが頭をよぎる。
「やっぱり、買おうかな・・・。」
宇津井がこのフロアに到着するまで、まだ少し時間が必要だろう。瀬戸は社内の売店に走って、滅多に買わないビニル傘を手に取った。
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