「好きなのに好きって言えない状況ってどういう事かな、って俺なりに考えてみたわけよ。」
「・・・で?」
店に入るなり宇津井の言葉に緊張したのは、言い当てられる恐怖を感じたからに他ならない。しかしそれは幸いにも杞憂に終わった。瀬戸とのやりとりを目撃していれば何か思うところも出てくるだろうが、宇津井と瀬戸にはさほど接点がない。察しが付かないのは当然のことだった。
「人妻?」
「そっちの路線ではないから心配すんな。」
「なんだ、ハズレか。」
安堵の溜息と共に宇津井へ苦笑する。
「聞いてから、ずっと気になってんだけど。」
「相談しといて言えないのは悪いな、って思ってる。」
「いや、そうじゃなくてさ。」
カウンター越しに出されたビールジョッキを早速手に取って、宇津井が豪快に飲み干していく。それに反して坂口はちびちびと口に付けてジョッキをテーブルへ置いた。
「恋愛は奥手なんだな、って。」
「・・・。」
「悩むぐらいなら聞け、って。いつも人には言うくせに。」
「それは仕事の話だろ。」
「誰なのか検討も付かないから、アドバイスのしようもない。」
言い当てられても困る。聞かされる宇津井だって困惑するだろう。
「企画のやつかな、って思ったけど。そもそも女の子が少ないじゃん?」
「まぁ・・・。」
「しかも既婚者ばっかだし・・・。でも、人妻じゃないんだろ?」
宇津井の言葉に坂口は顔を上げる。
「ッ・・・おまえ、ハメたな?」
「だってもったいぶるから。やっぱ、そっちか。」
狼狽えて、言ってしまった後に気付く。企画部ではないと言えば誤魔化すことだってできたのに、完全なる失言だ。隠し通すつもりが、これでは自ら明かしたも同然。
「悪い、変な話で・・・。」
「別に謝るようなことじゃないだろ。」
でも他に言いようがない。誰からも容易く受け入れてもらえることではないから。逆に何事もなかったように聞いてくれる宇津井は貴重な存在だ。彼の言葉に少なからず救われる。
「言えない理由はわかったよ。話したくないなら掘り下げないけど。」
「ごめん・・・。」
「だから、謝んな。何も悪くない。」
「・・・ありがと。」
ビールを喉に流し込んでも、干からびているのではないかと思うくらい喉の渇きが癒えない。それだけ瀬戸の存在が自分の中で大きい。彼に漏れ伝わってしまったらという不安が並大抵ではないのだ。
「これさ、慰めてもらって好きになっちゃうパターンじゃね?」
「それはない。俺にも好みくらいある。」
「なんだよ、酷い言い草だな。」
陽気に笑い飛ばしてくれることが有難い。しかし懐の深さを認めていても、手の震えは止まらない。
「坂口ってさ、つい構いたくなるタイプとか、興味なさそうにするヤツ好きだよね。逆に振り向かせたくなって、燃えるんだろ?」
「・・・。」
瀬戸を思い浮かべて妙に納得して頷く。しかし同時に宇津井の観察眼が侮れないなと感じて、焦りは増した。このまま宇津井の口車に乗っていると全部吐かされそうだ。彼に悪気はないとわかっていても、核心を突かれたくない。本音を溢してラクになりたいという欲求があるからこそ危なかった。
こんなオープンな居酒屋で誰が聞いているかわからない。話が漏れて、噂にでもなってしまったら取り返しがつかないし、何より本人に迷惑がかかる恐れがある。
「宇津井、ストップ。」
「何も情報なかったら、協力できないぞ。」
「いや、しなくていいから・・・。」
「こんな中途半端で、スッキリしたのか?」
「スッキリすんのは・・・ムリだ、って悟った・・・。」
「なんだそりゃ。」
呆れ顔の宇津井を横目に焼き鳥を貪る。口に出して、かえって混迷の色を見せ始めた瀬戸への想い。自分でも落としどころがわからない。ただ、このまま長居すれば危ないという事だけは確かだったので、坂口は早々に帰宅することに決めた。
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朝霧とおる