さっきまで瀬戸の顔を思い浮かべて慰めた。居た堪れなくて気まずいのに、ソファへ横たわる彼から目が離せない。疲れているはずなのに目は冴えていき、冷蔵庫からビール缶を取り出してプルトップを摘まんで開ける。
「はぁ・・・。」
部屋の明かりを間接照明だけにすると、自分の存在も瀬戸の姿もぼんやりとしているから、流れ込んでくるアルコールも相まって思考が緩んでいく。
触れてみたい。少しだけなら、と刻み込んだはずの理性が崩れていく。
バレてしまったら、言い訳なんかできない。瀬戸は不審に思うだろう。はっきり嫌悪感を示すかもしれない。しかし訝しむ彼の顔を実感を伴って想像することはできなくて、自分にとって都合のいい解釈が頭の中で構築されていく。
「瀬戸」
呼んでも瀬戸は全く反応を見せず、そばで坂口は喉を鳴らす。緊張しながら手を伸ばし、瀬戸の頬に触れた指先から電流が走ったかのように痺れた気がした。
「瀬戸・・・。」
どうか起きないでくれと願って、再び彼の名を呼ぶ。幸か不幸か瀬戸の眠りは深いように見えた。彼の顔を間近で覗き込み、そのまま掠め取っていくようなキスをする。おとぎ話なら目覚めてしまう。けれど瀬戸が目を覚ます気配はなかった。
「好き・・・。」
こぼれ落ちた言葉はシンプルだ。この気持ちはそれ以外の言葉で表現することができない。
伝えられないから切ないのか、叶わないから絶望しているのか、よくわからない。バスルームから上がったばかりの時は、もう少し気持ちはすっきりと軽かったのに。何をやっているんだろう。
「坂口、さん・・・。」
「ッ!?」
薄暗い室内でも、瀬戸の視線をはっきり感じた。硬直した身体でどのみち動くことはできなかったけれど、瀬戸が坂口の腕を逃すまいと掴んでくる。
「坂口さん、なんで?」
「ッ・・・。」
「なんで、キスしたの?」
「ご、ごめん・・・。」
「好き、って?」
目を瞑って動かないから、寝ているものだと安心していた。けれど吸い寄せられるように瀬戸の唇を奪ったことも、つい好きだと言ったことも聞かれていたなんて。
どうすればいい。何から謝ればいいのか。捕らえられた腕に瀬戸の指が食い込んできて、身体中に痛みが広がっていく。
「知りたい。なんで嬉しそうなのか・・・。」
「え・・・?」
嬉しそうな顔なんて、到底できるはずもない。情けなく、狼狽しているはず。瀬戸の発した言葉の意味が理解できない。
混乱したまま、その先に続く瀬戸の言葉を待ったが、いつまで経っても彼は何も発してこなかった。暫く呆然としていたが、我に返ると薄暗い室内で瀬戸の瞼が再び閉じていることに気付く。寝息も静かなものだった。
「瀬戸・・・?」
もしかして寝惚けていたのかもしれない。そうであってほしい。もし彼が憶えていたら、ささやかな幸福が泡となって消えてしまう。今夜、ようやく彼に近付けたと思っていたのに。
今度こそハッキリ目を覚ますのだはないかと、瀬戸の前から立ち去ることが怖い。半分も飲んでいないビール缶をテーブルへ置き、一睡もせずに不安な気持ちを抱いたまま、朝まで瀬戸を見つめ続けた。
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朝霧とおる