「何かいい事あった顔。」
バーのママ、蘭に早速茶化されて、飯塚は気分良くウーロン茶を喉に流し込む。アルコールもダメ、炭酸飲料もダメな自分にとって、こういうところで飲めるものは限られている。甘いものは好きだけど、糖分が気になるから極力口にしないようにしているから尚更だ。
「お目当ての子と上手くいったとか?」
「うん。この前ここで会ったんだけど・・・。」
近辺の美容院を行脚する真似はしていなかったが、大友と出会って以来、毎晩バーに通い詰めている。
待つのは嫌いじゃない。宝物は待てば待つほど輝いて、価値が高まっていくものだと思う。一週間くらい彼が来なかったからといって騒ぐほどのことでもない。飯塚は他の男には目もくれずに、大友が店の扉を開けて入って来ることをひたすら待ち続けていた。
蘭は飯塚の言葉にすぐに合点がいったようで、意味深に笑いながら、カウンターの向こうで豪快にビールを飲み干す。
「あの子、昔からよく来るから、待ってれば来ると思うわよ。」
「本当?」
それはなかなかの吉報だ。トマトとサーモンのマリネをフォークで突きながら、飯塚は頬を緩める。
「でも、厄介な虫がついてるわよ。」
「そうなの?」
「やめとけばいいのに・・・結構長いのよねぇ。」
蘭の話は飯塚にとって想定内だ。先日会った時の印象そのまま。飯塚が抱いた大友のイメージは間違っていなかったということ。
人が良さそうで、強く出られないタイプ。変な相手に捕まれば、一方的に苦労する羽目になるだろう。そしてどうやらその読みは正しかったらしい。
「蘭さんって、大友と付き合い長いの?」
「あの子、名乗ったんだ。珍しい。店開けてからの付き合いだから・・・十年近くは経つかな。」
「まさかその頃から、その人と?」
「そうね。確かそうだったと思う。」
珍しいと驚いた蘭の言葉に、喜ぶべきかは微妙なところだ。人として信用してくれたから名乗ってくれたのか、自棄になっていたから偶然口を突いて出たのか。
そして十年以上というのは長い。想いは筋金入りだと覚悟しなければいけないし、恋愛感情がなかったとしても、互いに相当な情があると思うべきだろう。
飯塚がすっかり氷の溶けたウーロン茶に口をつけようとしたところで、店の扉が開いてカランコロンと音が鳴る。大して期待もせずに振り返ると、店に入ってきたのは大友だった。
「あ・・・あんた・・・。」
大友が一瞬身構えたので、飯塚は察して蘭にお勘定を頼む。
「え? 帰っちゃうの?」
小声で蘭が慌てた様子で尋ねてくる。
「お釣りはいいから、これで。」
「あら。」
「ここから彼の好きなもの、一杯ご馳走しておいて。」
「了解。」
蘭が任せて、と言わんばかりにウインクしてくる。
コソコソ話す飯塚と蘭に、大友が特に気に留めた様子はなかった。むしろ飯塚が席を立とうとしていることにホッとしているように見える。
「大友、今度時間が合ったら飲もうよ。」
「あ、ああ・・・。」
「じゃあ。」
「・・・うん。」
急ぐでもなく、もったいぶるでもなく、今帰ることが予定通りという風情で、飯塚はコートを羽織って店の扉へ向かう。そして背後で扉が閉まった瞬間、飯塚は肩の力を抜いて白い息を吐き出した。
「ダメって顔だったな・・・。」
飯塚当人を拒絶しているわけではなく、恐らく誰であってもダメ。誰にも近付いてほしくない、一人で飲みたいという顔をしていた。
人の機微には敏いという自負がある。そして大友は思っていることを隠すのが下手だ。思っていることが、すぐ顔に出るタイプ。
店を出たのは、大友を苦しめることが本意ではないから。親しくないうちからしつこく付き纏ったら確実に嫌われる。
大体のことは、ダメで元々。こちらの顔は憶えていたみたいだから、今日のところはそれで十分ということにして、タイミングが良さそうな時に仕切り直せばいい。大友がここに通っていることもわかったし、ママの蘭も味方になってくれそうだ。
「ちょっとキザだったかなぁ・・・。」
好意を伝えるって難しい。奢られることに慣れていなかったら、不審がられるかもしれないし、引かれるかもしれない。そんなこともあるかな、と軽く流してくれることを祈るばかりだ。
「やっぱり、いいなぁ・・・。」
何を知っているというわけでもないのに、大友のことを確実に好きになっていくのがわかる。つい先日別れた相手からは長らく冷たくされていたから、興味を向けてくれないことには悲しいことに慣れっこだ。
他に通行人がいなかったらスキップして帰りたい気分。人を好きになるのは楽しい。
飯塚は少し息が上がるくらいのスピードで帰路を進み、自宅マンションへと帰り着いた。
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朝霧とおる