瞼の広い範囲にゴールドのアイシャドウをのせ、徐々に暗い色をアクセントにのせていく。大友が指の腹とチップを器用に使い分けて仕上げると、陰影が出て目元にメリハリがついた。

「凄い・・・なんか、自分でやるのと全然違いますね。やっぱり頼んで良かったなぁ。」

「ありがとうございます。アイラインも細く入れていきますね。」

鏡の前で俄かにはしゃぎだした女性に礼を言いながら、大友は彼女に目を瞑るよう動作で促した。

笑顔はいくつあってもいい。華やかな場なら尚更。

大友は今朝早くから、結婚式場のヘアメイク班として駆り出されていた。大友の勤める美容室アリスは、近くの結婚式場とも提携していて、出席者のヘアメイク希望が多い場合に声がかかる。

ハレの日、朝から現場は大忙しだ。大友も目の前にいる彼女で五人目。顔の造りや大きさ、衣装とのバランスを気にしながら、それぞれの良いところを引き立ててメイクと髪を手早くセットしていく。

当人がイメージを持っていない場合は、自分の持つ引き出しから合いそうなものに作り上げていく。しかしモデルの切り抜きなどを持ち込んでいて具体的なイメージあると、場合によっては難航する。全く同じにすると大抵残念な結果となるからだ。

そこは美容師の腕の見せ所。ポイントとなる箇所は同じように作り込みながらも、当事者の顔に合うバランスで仕上げて完成させる。美容師が元々持つセンスもあるが、経験がモノを言うと大友は思っている。

「髪はアップヘアにしましょう。毛先を遊ばせて、前のサイドも少し出して・・・こんな感じ。そうすれば持ってきていただいたカチューシャも活かせると思います。」

「はい。そうしてください。」

大友は手を止めることなく、アイロンで髪を巻き始める。手触りで癖の付きやすい髪だろうという予測は正しかった。

ワックスを髪全体に揉み込んで、トップで輪結びにする。作った毛束を広げてお団子にしつつ、まとまり過ぎないように各所を遊ばせた。ここまで作り込んでしまえば、あとはバランスを見て、サイドの髪を整えるだけだ。

大友はもう一度薄くワックスを手に馴染ませて整えていく。

「いかがでしょう。」

「あっという間ですね。凄い！」

「お疲れ様でした。」

喜んでもらえると、華やいだ気持ちを分けてもらえたようで素直に嬉しい。報われたと思える貴重な瞬間だ。高くはない給料で想像以上の肉体労働だけど、好きで就いた仕事。楽しいと感じられる時間が増えるに越したことはない。

「大友、お疲れ。」

「お疲れ様です。」

「先、店戻ってて。」

「了解っす。」

店長の谷崎に肩を叩かれて労われる。しかし仕事はこれで終わりではなく、店の通常営業が待っている。

式場に持ち込んでいたメイク道具などを仕舞い込み、慌ただしくジャケットを羽織ると、胸ポケットに入れていたスマホが規則正しく震え始める。よせばいいのに画面を見て、一瞬で大友は後悔の念に駆られた。

「駿・・・。」

まだ別れを告げられてから三日も経っていない。新しく相手を作ったくせに、大友の部屋に置きっぱなしの荷物はそのままにしておいてほしいという旨のメッセージだった。

いつものこと。彼が荷物を片付けに来たことはなく、別れを惜しむ間もなく帰ってきてしまう男だ。

「勝手なヤツ・・・。」

自分都合で傲慢。それでもまた戻ってくるかもしれないという期待感に、結局自分は負けるのだ。

絶対に愛されてなんかいない。ただ都合がいい相手なだけ。そんな事はとっくの昔に悟っているのだ。でも拒めない。突き放せない。一刻の甘い幻に騙され続ける。

一人は寂しい。それは十代、二十代の時には感じることのなかった恐怖だ。気に掛けてくれる相手がいるだけ幸せだと言い聞かせてここまで来てしまった。

大友は駿に、わかった、とだけ返信してスマホの画面を閉じる。

駿という存在を前に、客の笑顔で抱いたはずの達成感はあっという間に萎んでいく。泣きたい気分になりながら、大友は店までの道を急いだ。









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