結局、大友とは碌に目も合わなかった。困ったようにも呆れたようにも見えた彼。けれど疎まれていないことは気配で感じたから、せめて次に会う時、自分の顔を覚えていてくれたらいい。
警戒されたくない一心で、飯塚は一時間半ほどで席を立った。帰路をのんびり歩いて、大友が語ってくれた少ない情報を反芻する。
「美容師か・・・。」
バーの近辺には山のように美容院がある。一軒一軒隈なく探すには無理があるし、第一それをやったらストーカーだろう。それなりに自分のことを粘着質だと自覚している飯塚にとっても、それがアウトだという感覚はある。
「また会えるかな・・・。」
会えないなら、それまでの縁。そう自分に言い聞かせるしかないだろう。大友があのバーの常連であることを願う。
せっかく縁が繋がっているなら、誠実に距離を縮めたい。ゴールが友情に落ち着いてしまうこともあるけれど、寄り添えるパートナーになれるなら、といつでも飯塚は夢見がちだった。
成功したことがないから、フラれたという残念な現実がある。しかしこの先、何度味わうことになったとしても、自分は這い上がってまた恋をすると思う。フラれた日に復活してしまったのはさすがに初めてだが、次はいつ会えるのかと想像するだけで胸は高まっていくのだ。
単純な思考回路だと揶揄されても、誰かとこの脳みそをチェンジできるわけではない。自分は自分だ。
人を好きになることは楽しい。嫌な仕事を頑張る気力にもなる。会えない日に恋い焦がれることも、相手の一挙手一投足に振り回されるのも、そして別れを告げられてきたことすら、無意味だと思ったことは一度もない。全てが大事な思い出だ。
絶望したように虚空を眺めていた大友の横顔を脳裏に描く。
人が良さそうで、あまり我を通さないタイプ。声を掛けた時点で、あからさまな拒絶を態度で示さなかったことに現れている。楽しく見ず知らずの人間とお喋りに興じようとしていたわけではないだろう。無心になりたくて酒を流し込んでいるように見えた。
大友が誰かと付き合っているなら、それはどんな相手だろう。
つらそうに見えた。だから傷付けられたに違いないのだ。人の良い彼を振り回し、飴をくれないような人だったのかな。自分だったら絶対そんなことをしないのに、と彼の横顔を幾度も頭に描く。自分なら腕の中へ閉じ込めて、これでもかというほど甘やかしてみせる。
しかしそこまで夢想して、飯塚は一人帰路を進みながら苦笑する。
「だから、フラれるんだよなぁ・・・。」
優しいのは自他共に認めるところなのだが、構い過ぎて辟易とされる。何度繰り返しても、自分は学ばないらしい。
しかし恋人を溺愛したい気持ちは譲れないポイントなのだ。受け止めてくれるパートナーを地道に探すより他ない。
ちっとも近付けてなどいないのに、願望だけはすでに走り始める。フラれた日にしては、随分と陽気で軽い心持ちだった。
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朝霧とおる