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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

恋を結う日々36

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恋を結う日々36

お世話になっていますと覚えのある声が入口から聞こえてきて、なんの心構えもなしに受付の方へ目を向ける。グレーのコートを羽織った男が振り向いた瞬間、大友は危うく手からドライヤーを落としそうになった。

「ッ!!?」

訪ねてきた男が驚いたように目を見開いたのは一瞬。すぐに優しい眼差しへと変わって谷崎の目を盗んで微笑んでくる。大友は跳ねた心臓に気付かないフリをしながら客の頭部一点に集中し、男から目を逸らす。彼は店長の谷崎に促されて、奥の部屋へと行ってしまった。

「今の人、誰ですか?」

馴染みの客である女子学生が興味津々な高い声を上げたので、大友は現実へと引き戻される。

「あー・・・店長の、お客さん、かな・・・。」

銀行から借り入れているお金を予定より繰り上げて返済するため、今日は手続きがあるから行員が訪ねてくると言っていた。ノータッチだから詳しいことは知らないが、今まで何度かアリスを訪ねてきた行員は、現在大友が付き合っている恋人などではなく、別の人間だったはず。

受付から聞こえてきた飯塚の声音は、いつも大友と話す時より幾分落ち着き加減が増している。仕事モードということだろう。色気のある声が耳に憑いて離れてくれない。不意打ちで職場へ訪ねてくるなんて反則だと思う。せめて予告くらいしてくれれば良かったのに。

「なんだぁ。新しい美容師さんかと思ったのに。残念。」

「・・・美容師だったら、俺、指名外されてたかな。」

「それはないですよぉ。大友さんのカット気に入ってるから。あっちは観賞用。なんか器用じゃなさそう。」

あんまりな言い草に大友は思わず笑う。何を想像されるか、わかったもんじゃない。やっぱり女の子は怖いな、なんて心の隅で思ってみたり。

「ねぇ、大友さん。あの人、彼女いるかな? 結構むっつりそうじゃない?」

「こら、聞こえるよ。」

飯塚は家事全般に関してマメだし、器用だ。宣言通り、セックスも至ってノーマルだと思う。いかに飯塚が素晴らしい彼氏か説き伏せたい気持ちをかろうじて呑み込む。そんな事をしても満足するのは大友だけだ。

「あと十年早く生まれてたら、ああいう人と付き合ってみたい。」

「そう?」

オススメ物件であることは確かだけど、自分の恋人だから複雑な気分だ。こんな若い女の子にも魅力的に映る飯塚。彼氏としては少々悩ましい。余計なものなんて寄せ付けず、こちらだけを見てくれたらいい。今のところ心配はなさそうだけど、ズルズル振り回される片思いの過酷さを、二度も味わいたくないから、その想いはなかなか切実だ。

「大友さん。あの人の連絡先知りたい!」

「ッ・・・それはダメ。あっちはお仕事でここ来てるからね。」

「ダメかぁ。」

十年早く生まれていたらと言ったそばから、もうアタックしようとしている変わり身の早さに呆れる。飯塚の帰りと彼女の見送りをブッキングさせてはならないと変な気を使いながら、大友はヘアブローの手を早めた。









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